昼休み、書店に寄ってみると、ふと目の前にあったのが、「リンボウ先生の超低脂肪なる生活」。「なる」ってあたり気に入って、ぱらぱらとめくると、おいしそうな丼ものの写真が。どうしても今晩作りたくなって、つい購入。
シイタケ丼は文字通りシイタケをちょっと煮詰めて、いろいろ入れて(詳細は本でご確認されたし)ごはんにかけるというもの。タマネギを入れてもマル。
みぞれ汁は、味噌汁の中に絹ごし豆腐を漉して入れる。いんげんとニンジンを加えて、見た目も綺麗。そうなんだよね、味噌汁の中の豆腐ってさ、出汁と味噌の味がなかなか中央部まで浸透しないじゃない。漉しちゃえばいいのよね。ほら、あの、ザルとおたまが合体したアレに豆腐をのせて、ちょっと潰せばほら簡単。
自炊こそ美食と健康、はたまたインテリジェンスとクリエイティブへの近道なるべし。
シイタケ丼は文字通りシイタケをちょっと煮詰めて、いろいろ入れて(詳細は本でご確認されたし)ごはんにかけるというもの。タマネギを入れてもマル。
みぞれ汁は、味噌汁の中に絹ごし豆腐を漉して入れる。いんげんとニンジンを加えて、見た目も綺麗。そうなんだよね、味噌汁の中の豆腐ってさ、出汁と味噌の味がなかなか中央部まで浸透しないじゃない。漉しちゃえばいいのよね。ほら、あの、ザルとおたまが合体したアレに豆腐をのせて、ちょっと潰せばほら簡単。
自炊こそ美食と健康、はたまたインテリジェンスとクリエイティブへの近道なるべし。
かぼちゃを毎日食べている。
3-4分の1にカットされたかぼちゃを買ってきて、洗って、種を取り、皮をピーラーで剥いて容器に入れ、電子レンジの「根菜」ボタンを押して加熱、やわらかくなった後に包丁で切るだけ。おいしい。
ところが今日は、どうも油断していたらしい。思えば予兆は昼間からあって、会社で私物を妙なところに置き忘れたりして、ぼーっとしていた。
というわけで、勢いあまったピーラーが左手小指の皮まで削いでしまった。これは痛い。黄色いかぼちゃの上に赤い染みができる。急いで洗う。意外に深剃りみたいで、血が止まらない。みるみる小指の先にこんもりと赤い池ができる。舐める。じんわりと隆起する。舐める。いつまでも止まらないかに見えて、次第に池の直径が小さくなってくる。完全に止血したのは20分ほども経ったころだっただろうか。ずいぶん時間がかかった。
でも止まるんだから人間の皮膚というのはエライよね。皮膚だけじゃないのかもしれない。人間の生命力って捨てたもんじゃないねと絆創膏をした小指を眺めながら思ったりする。
昨日は仕事を早退して明治大学での茂木先生と合田先生の対談を聞いた。せっかく御茶ノ水であるのに行かない手はないよね、と思って。ひさしぶりに哲学者の名前とか文献とかがたくさん出てくる「いかにも哲学」ってかんじの話を聞いた。
一昨日あたりから、内田先生のブログの無意識の話とか政治家の言葉の話とかが気になっていたせいか、最後のほうに質問かなにかで出た、無意識の及ぼす影響は大きいはずなのに、脳活動をはかるときには、被験者の意識というフィルターを通してしか実験ができないジレンマがある、というような話が頭の片隅にこびりついていたりする。自分というものは他人以上に他人なんだろうなあと思いながらも脳研究や哲学によって自分らしきものが分かるような気がしている自己矛盾てのは、いったいどういうことなんだろう。と思いながらも興味が醒めるわけでもない。へんないきものである。
レベッカ・ブラウンの小説が読みやすい。(The gift of the body, The dogs)1章が短い&1冊が薄い(これ重要。持ち運び時の重さと通勤時に片手で読めるかに関わる重大な問題…笑)使われている単語はわりに簡単だけど読ませる内容。単語力にはそれほど自信がないけど教科書ちっくな古典小説がいまいち読めない方におすすめ。
おまけ。スティーブ・ジョブスが言っている「点」の話ってのは、未来に向かっては点と点を結ぶ線は見えないって話なんだね。振り返ったときにしか見えない。あのときこんなだったのは今のこのためだったんだ、っていうように、過去に向かってしか線は見えないっていう。そういう意味では事前に類推できないって話であり偶有性の話ってことなのかなあ。
3-4分の1にカットされたかぼちゃを買ってきて、洗って、種を取り、皮をピーラーで剥いて容器に入れ、電子レンジの「根菜」ボタンを押して加熱、やわらかくなった後に包丁で切るだけ。おいしい。
ところが今日は、どうも油断していたらしい。思えば予兆は昼間からあって、会社で私物を妙なところに置き忘れたりして、ぼーっとしていた。
というわけで、勢いあまったピーラーが左手小指の皮まで削いでしまった。これは痛い。黄色いかぼちゃの上に赤い染みができる。急いで洗う。意外に深剃りみたいで、血が止まらない。みるみる小指の先にこんもりと赤い池ができる。舐める。じんわりと隆起する。舐める。いつまでも止まらないかに見えて、次第に池の直径が小さくなってくる。完全に止血したのは20分ほども経ったころだっただろうか。ずいぶん時間がかかった。
でも止まるんだから人間の皮膚というのはエライよね。皮膚だけじゃないのかもしれない。人間の生命力って捨てたもんじゃないねと絆創膏をした小指を眺めながら思ったりする。
昨日は仕事を早退して明治大学での茂木先生と合田先生の対談を聞いた。せっかく御茶ノ水であるのに行かない手はないよね、と思って。ひさしぶりに哲学者の名前とか文献とかがたくさん出てくる「いかにも哲学」ってかんじの話を聞いた。
一昨日あたりから、内田先生のブログの無意識の話とか政治家の言葉の話とかが気になっていたせいか、最後のほうに質問かなにかで出た、無意識の及ぼす影響は大きいはずなのに、脳活動をはかるときには、被験者の意識というフィルターを通してしか実験ができないジレンマがある、というような話が頭の片隅にこびりついていたりする。自分というものは他人以上に他人なんだろうなあと思いながらも脳研究や哲学によって自分らしきものが分かるような気がしている自己矛盾てのは、いったいどういうことなんだろう。と思いながらも興味が醒めるわけでもない。へんないきものである。
レベッカ・ブラウンの小説が読みやすい。(The gift of the body, The dogs)1章が短い&1冊が薄い(これ重要。持ち運び時の重さと通勤時に片手で読めるかに関わる重大な問題…笑)使われている単語はわりに簡単だけど読ませる内容。単語力にはそれほど自信がないけど教科書ちっくな古典小説がいまいち読めない方におすすめ。
おまけ。スティーブ・ジョブスが言っている「点」の話ってのは、未来に向かっては点と点を結ぶ線は見えないって話なんだね。振り返ったときにしか見えない。あのときこんなだったのは今のこのためだったんだ、っていうように、過去に向かってしか線は見えないっていう。そういう意味では事前に類推できないって話であり偶有性の話ってことなのかなあ。
出張から帰ってから、自分の体調管理を
最優先する生活をしている。
気づきというか、その契機の第1段階は
おそらく2月頃にあり、
第2段階というべき直接の契機は4月中旬にあった。
気づきやそれに伴う変化とは、
訪れる前には予想もつかない形で起こり、
起こった後に振り返ると、
こんなに自然に移行できたのなら
どうしてもっと前にそうならなかったんだろうか
と思うものである。
ジョブスの点が繋がっていくという話を思い出す。
とりあえず、自炊したり運動したり、
掃除洗濯をするというような
人生のごく基本的なことをたいせつにして、
自分に適した形で実行している。
たいせつなことを、自分の納得のいく形で
実行する生活は、じつに気持ちがいい。
そんなわけで、とりたてて記すことが
あまりないけれども、
まあ、なんというか、元気でやってます。
最優先する生活をしている。
気づきというか、その契機の第1段階は
おそらく2月頃にあり、
第2段階というべき直接の契機は4月中旬にあった。
気づきやそれに伴う変化とは、
訪れる前には予想もつかない形で起こり、
起こった後に振り返ると、
こんなに自然に移行できたのなら
どうしてもっと前にそうならなかったんだろうか
と思うものである。
ジョブスの点が繋がっていくという話を思い出す。
とりあえず、自炊したり運動したり、
掃除洗濯をするというような
人生のごく基本的なことをたいせつにして、
自分に適した形で実行している。
たいせつなことを、自分の納得のいく形で
実行する生活は、じつに気持ちがいい。
そんなわけで、とりたてて記すことが
あまりないけれども、
まあ、なんというか、元気でやってます。
レベッカ・ブラウン×柴田元幸対談を聞きに東大に行く。
はずかしながらレベッカ・ブラウンを読んだことは殆どない。この前「柴田元幸ハイブ・リッド」の中に短編が収められていたのが初めてで、それさえも「好き」というのではなかった。
ではどうして、というと、英語を話すであろう小説家の話をナマで聞ける、ということと、このまえ朝カルで聞いた柴田先生の話がなんだか面白かったので、その知り合いだから、この人も連鎖的に面白いんじゃなかろうかという、殆ど根拠のない希望的観測に基づいてのことである。
いや、結果から言うと実に楽しかった。
レベッカ・ブラウンは大柄な女性だった。低めの声で話しては、短い髪をかきあげ、通訳の先生が話し終えるのを待つ。(といっても、セクシーな仕草というよりは、どこか落ち着かない感じで)。あまりスマートな感じではなくて、緊張からなのか、ある種、ぎこちない。でもそんなことも重なって、ああこの人は本音で話してるんだな、という空気が伝わってきた。
「The dogs」は当初、犬と旅する話として書きはじめられたそうだが、最終的には寓話集の形式に落ち着いた。確か14章だったと思う、Girlsと題された短編を、最初にレベッカブラウンが数行読み、次に柴田先生が邦訳を、という形で朗読された。なんというか悲惨な話なんだけれども、これがあの少女ポリアンナ(または実家にあった本の題名は確か「パレアナ」だったけど)の話のパロディだった、というあたりが気に入った。いや、気に入ったというと言い過ぎなのかもしれないが、やはり私はあのパレアナという少女を根っから信用できないのだ。いや、逆境をポジティブシンキングとやらで乗り切っていくのはエライと思います、確かに。アメリカではあれをPollyanna gladsと言うらしい。でもなんか胡散臭い。打ち明け話とか悩みの相談とか、あの子にはしたくないよね(だいたい彼女が何を言いそうか、言われる前から分かっちゃうもん)っていう感じ。
自分が他人と違うということに負い目を感じる人間って世の中に存在すると思いますが、それを隠すために「普通な、というより、よりポジティブで、より純潔で、より清潔な」自分を演じる。それによって、普通の幸福らしきものを得られる自分であると錯覚しようとする。でも最後それが錯覚だったと分かって破綻する、と言ってしまうと身も蓋もないんだけれども。でもそれはそんな話だった。
ところで「Pollyanna」で今ぐぐってみたら、「Pollyanna syndrome」というのがひっかかった。現実を直視せず問題解決に至らない心理状態を言うらしい。何事も表があれば裏があるのは仕方ない。
ともあれ、いわゆる負の部分に共感めいたものを感じてしまったせいで、レベッカさんのもっと「まとも」な本を読んでみようかしらという気になりました。やはり著者のナマの声を聞くのはテクスト理解の一要素、というか感情的な近道のようで。そういえば、レベッカさんの朗読は、時間を気にしていたのかもしれないけれど、やたら早かった。こういうスピードで読めるようにならないとなあ、と。
帰りがけに新宿に寄って、ミルハウザー、オースター、ブコウスキ、などなどを仕入れて帰宅。
はずかしながらレベッカ・ブラウンを読んだことは殆どない。この前「柴田元幸ハイブ・リッド」の中に短編が収められていたのが初めてで、それさえも「好き」というのではなかった。
ではどうして、というと、英語を話すであろう小説家の話をナマで聞ける、ということと、このまえ朝カルで聞いた柴田先生の話がなんだか面白かったので、その知り合いだから、この人も連鎖的に面白いんじゃなかろうかという、殆ど根拠のない希望的観測に基づいてのことである。
いや、結果から言うと実に楽しかった。
レベッカ・ブラウンは大柄な女性だった。低めの声で話しては、短い髪をかきあげ、通訳の先生が話し終えるのを待つ。(といっても、セクシーな仕草というよりは、どこか落ち着かない感じで)。あまりスマートな感じではなくて、緊張からなのか、ある種、ぎこちない。でもそんなことも重なって、ああこの人は本音で話してるんだな、という空気が伝わってきた。
「The dogs」は当初、犬と旅する話として書きはじめられたそうだが、最終的には寓話集の形式に落ち着いた。確か14章だったと思う、Girlsと題された短編を、最初にレベッカブラウンが数行読み、次に柴田先生が邦訳を、という形で朗読された。なんというか悲惨な話なんだけれども、これがあの少女ポリアンナ(または実家にあった本の題名は確か「パレアナ」だったけど)の話のパロディだった、というあたりが気に入った。いや、気に入ったというと言い過ぎなのかもしれないが、やはり私はあのパレアナという少女を根っから信用できないのだ。いや、逆境をポジティブシンキングとやらで乗り切っていくのはエライと思います、確かに。アメリカではあれをPollyanna gladsと言うらしい。でもなんか胡散臭い。打ち明け話とか悩みの相談とか、あの子にはしたくないよね(だいたい彼女が何を言いそうか、言われる前から分かっちゃうもん)っていう感じ。
自分が他人と違うということに負い目を感じる人間って世の中に存在すると思いますが、それを隠すために「普通な、というより、よりポジティブで、より純潔で、より清潔な」自分を演じる。それによって、普通の幸福らしきものを得られる自分であると錯覚しようとする。でも最後それが錯覚だったと分かって破綻する、と言ってしまうと身も蓋もないんだけれども。でもそれはそんな話だった。
ところで「Pollyanna」で今ぐぐってみたら、「Pollyanna syndrome」というのがひっかかった。現実を直視せず問題解決に至らない心理状態を言うらしい。何事も表があれば裏があるのは仕方ない。
ともあれ、いわゆる負の部分に共感めいたものを感じてしまったせいで、レベッカさんのもっと「まとも」な本を読んでみようかしらという気になりました。やはり著者のナマの声を聞くのはテクスト理解の一要素、というか感情的な近道のようで。そういえば、レベッカさんの朗読は、時間を気にしていたのかもしれないけれど、やたら早かった。こういうスピードで読めるようにならないとなあ、と。
帰りがけに新宿に寄って、ミルハウザー、オースター、ブコウスキ、などなどを仕入れて帰宅。
熱はないものの時々咳が止まらなくなるので、成田の検疫で隔離されたらどうしようかと心配していましたが、行き先が感染者のいないマレーシアだったのと出国前から医者にかかり、薬ももらっていたという実績があったせいか、カウンセリングのみで抜けられました。マレーシアは暑かったはずですが、行き先が残念ながら観光地ではなく仕事だったせいで、どこも冷房がきつく、長袖でじゅうぶん過ごせました。咳を理由にお客さんとの夜の会食を上司に押し付けて部屋にいたので、夜はのんびり。前回よりはお気楽に過ごせたかな。今迄メールのやりとりしかなかった客先の担当者の中にひとり好人物をみつけられたのと、前回に比べてマレーシア人の英語が聞き取れるようになっていたのが収穫でした。夕方は朝カル。英語の論文が割に読めるようになっていたので、ひとしきり自分の成長を喜ぶ。国内企業にしか勤めたことのなかった自分がここのところ派遣先に外資の医療機器系の会社を選んでいるのも、まあ医療機器の薬事品質系に興味があるのもあるけれども、もう一つには、仕事でもう少し英語を鍛えれば脳科学の論文だってスラスラ読めるようになるだろうという婉曲かつ迂遠な目的意識からのものでもあり。大学院になんかは到底行けそうもないけれど、趣味の脳科学を極めたいとおもいます。日曜は趣味の英米文学(というか翻訳)、ということで東大にレベッカ・ブラウンの話を聞きに行く予定。
「心配だから電話してね」という言葉のせいだったのか、それともそう言った相手がほんとうに出来た人物だったからなのか、まだ数回しか話したことがないから分からないけれども、そう言われてみると、妙に素直に「心配かけちゃいけないなあ」と思った。今日はそんなことがあった。
そういえば、まだ実家にいた頃だから15年以上は前のことになるが、つい題名に惹かれて買ったレイモンド・カーヴァーの小説集は、村上春樹訳の「必要になったら電話をかけて」だった。内容は全く覚えていない。たぶん実家の書棚のあそこにある、という位置と、題名だけ記憶している。「必要になったらメールして」にするとこんな余韻は生まれるはずもない。電話って、やはりどこか特殊なツールなのかもしれない。ちなみにいま読んでいるのは村上春樹・柴田元幸「翻訳夜話」。
そういえば、まだ実家にいた頃だから15年以上は前のことになるが、つい題名に惹かれて買ったレイモンド・カーヴァーの小説集は、村上春樹訳の「必要になったら電話をかけて」だった。内容は全く覚えていない。たぶん実家の書棚のあそこにある、という位置と、題名だけ記憶している。「必要になったらメールして」にするとこんな余韻は生まれるはずもない。電話って、やはりどこか特殊なツールなのかもしれない。ちなみにいま読んでいるのは村上春樹・柴田元幸「翻訳夜話」。
身体は正直である。連休中ストレスフリーのせいか、ジャンクフードを食べたいという欲求が全く生じない。このままずっと仕事をしないでいられたら、さぞかし健康な身体になれるだろうに。
わたしにとって、野菜を食べるということは、自炊することと殆どイコールである。自炊がおろそかになると野菜が足りなくなる。
ネット上のレシピのおかげで美味しく野菜がいただけるのはありがたい。自分が作った料理は、手前味噌でとかく美味しいものだが、今回は本当に上出来だった。(自分しか食べていないので確信は持てないが)。
ちなみに計70分ほどかけて各3-4食分作って保存したのは、そら豆のクリームチーズ和え(マヨネーズ若干、レモンとゆず胡椒を沢山かけて)、新タマネギの鶏そぼろあんかけ(新玉ネギに切り込みを入れて電子レンジで5-6分+そぼろあんかけをテキトーに作ってかけてね)、かぼちゃとキュウリのサラダ(ふかした南瓜をつぶしてスライスした塩もみキュウリと混ぜるだけ)、青梗菜とにんじんと油揚げのおひたし(そのまんまですね、)、人参入りコンソメ味ご飯(すりおろしたニンジン小1本とコンソメ1個を入れてご飯を炊くだけ)。電子レンジと鍋1コでできる超簡単料理ばかりだが極めて美味しい(くどい)。気になる方はクックパッドあたりで検索していただくと、それらしきものが載ってます。ああ美味しかった。
夜はちらりと福岡伸一×ルネ・マルタンの対談を聞いてから、鈴木雅明指揮のヨハネ受難曲で〆。
白川静「文字逍遙」を持って出たのだが、その冒頭に「遊ぶ(あそぶ)」の語源はもと神の行為から発しやがて貴人の行為を言うようになり、貴人が「あそばす」音楽はじめ芸能をも指す、とか音楽は喪の儀礼だよね、というような話が書いてあった。まあそのあたりは良いとして、マルコポーロの記録を引いてきて、砂漠を横断しているときに風の音や何かが楽器の音、とりわけ太鼓のように聞こえることがある、古代においてはそれを魔霊の声と考えたなどと言及してあるところが面白い。遠くから聞いただけなので定かではないけれども、福岡マルタン対談で、音楽はもともと求愛の歌が起源という説もあるけれど、自然(とか自然の発する音)へのレスポンスとして始まったんじゃないか、というようなことを話していたようだった。だから何だ、というわけでもないのだけれども。そういったことが雲のような緩い連なりになって頭の中でふわふわと漂っていた本日でありました。
わたしにとって、野菜を食べるということは、自炊することと殆どイコールである。自炊がおろそかになると野菜が足りなくなる。
ネット上のレシピのおかげで美味しく野菜がいただけるのはありがたい。自分が作った料理は、手前味噌でとかく美味しいものだが、今回は本当に上出来だった。(自分しか食べていないので確信は持てないが)。
ちなみに計70分ほどかけて各3-4食分作って保存したのは、そら豆のクリームチーズ和え(マヨネーズ若干、レモンとゆず胡椒を沢山かけて)、新タマネギの鶏そぼろあんかけ(新玉ネギに切り込みを入れて電子レンジで5-6分+そぼろあんかけをテキトーに作ってかけてね)、かぼちゃとキュウリのサラダ(ふかした南瓜をつぶしてスライスした塩もみキュウリと混ぜるだけ)、青梗菜とにんじんと油揚げのおひたし(そのまんまですね、)、人参入りコンソメ味ご飯(すりおろしたニンジン小1本とコンソメ1個を入れてご飯を炊くだけ)。電子レンジと鍋1コでできる超簡単料理ばかりだが極めて美味しい(くどい)。気になる方はクックパッドあたりで検索していただくと、それらしきものが載ってます。ああ美味しかった。
夜はちらりと福岡伸一×ルネ・マルタンの対談を聞いてから、鈴木雅明指揮のヨハネ受難曲で〆。
白川静「文字逍遙」を持って出たのだが、その冒頭に「遊ぶ(あそぶ)」の語源はもと神の行為から発しやがて貴人の行為を言うようになり、貴人が「あそばす」音楽はじめ芸能をも指す、とか音楽は喪の儀礼だよね、というような話が書いてあった。まあそのあたりは良いとして、マルコポーロの記録を引いてきて、砂漠を横断しているときに風の音や何かが楽器の音、とりわけ太鼓のように聞こえることがある、古代においてはそれを魔霊の声と考えたなどと言及してあるところが面白い。遠くから聞いただけなので定かではないけれども、福岡マルタン対談で、音楽はもともと求愛の歌が起源という説もあるけれど、自然(とか自然の発する音)へのレスポンスとして始まったんじゃないか、というようなことを話していたようだった。だから何だ、というわけでもないのだけれども。そういったことが雲のような緩い連なりになって頭の中でふわふわと漂っていた本日でありました。
映画3本、2講演、コンサートを1つ観て、待ち時間には今福龍太「身体としての書物」を読んでいたせいか、夜には頭が混乱してきて、眼が疲れたのはあたりまえだけれども、耳鳴りもする。しかし満足の一日ではあった。つまり、このインフルエンザ流行が懸念される中、大混雑のラフォルジュルネ2009に行ったのである。
何事にせよ、美しいものは人間を快適な眠りに誘うものである。が、今回自分を褒めてやりたいことは、以前1週間レンタルのDVDを借りて、期間内に3回は「流した」にもかかわらず、開始後おそらく10分以内に眠っていたと思われるタルコフスキーの「鏡」を最後まで眠らずに見たことである。
この映画の前には同じ会場でライターの前島氏の講演があって、同じくタルコフスキーの「惑星ソラリス」において、バッハの定旋律(オルガン変奏曲でしたっけ、)が主人公クリスの記憶の変化(またはソラリスの作用による捏造)に伴って、どのように変奏されていくか、という話があったりして、また5日にはヨハネ受難曲のコンサートを聞く予定なこともあってマジメに観たのである。
本は読む前から始まっている、と何かの本に書いてあった。本も、映画も、音楽も、それが始まる前から、既に自分の中で、記憶や、自分を取り巻く環境といったものを含めて、何かが流れ始めている。そういった自分周辺のまたは底流のことどもと、作品を切り離して、いわゆる客観的に読むことはすごく難しい。
小沼先生のお話は、ゴルトベルク変奏曲は一般の変奏曲に比べて定旋律がどこにあるのか見分けがつきにくいですよね、というようなところから始まった。確かに、メロディーではなく、ベースラインに定旋律があるせいで、そういうことになるらしい。キーボードで実際に弾きながらのお話なのがありがたい。やはり音楽の、旋律の話などというのは、一般人としては書物の字面を追うだけでは実感として納得まで至らないのである。3という数字へのこだわり、数学的に対称なカノンの使用、というような厳格さもある一方で、最後の30変奏においては、当時の民謡の旋律を取り入れてしまうあたり、午前中に観た「私の名はバッハ」の晩年のバッハ像―失明を宣告され悩み多く、自嘲的ながらも、どこかコミカルで俗な面のある―も併せて、親しみを感じたりもした。
3本目の映画は「サラバンド」。無伴奏チェロ組曲の構成に準じて、1章ずつの物語が常に2人の登場人物のみ、殆ど対話劇のような形で進行する。最初は少し冗長な感があったが、進むにつれ、なかなか好もしい構成だと思うようになった。コンサートの開始時刻があって、最後の10分を見られなかったのは残念。結末が気になっている。
最後は、やっと、コンサート。Aホールなど大ホールはどうも音響がよろしくないように思っていて、B7ホールで唯一チケットが取れたPM8:45からの部。どれも初めて聞く曲のようだったけれども、生のチェンバロとヴァイオリンが素晴らしい。テレマンの「病気だと思い込んでいる人」が愉快。
何事にせよ、美しいものは人間を快適な眠りに誘うものである。が、今回自分を褒めてやりたいことは、以前1週間レンタルのDVDを借りて、期間内に3回は「流した」にもかかわらず、開始後おそらく10分以内に眠っていたと思われるタルコフスキーの「鏡」を最後まで眠らずに見たことである。
この映画の前には同じ会場でライターの前島氏の講演があって、同じくタルコフスキーの「惑星ソラリス」において、バッハの定旋律(オルガン変奏曲でしたっけ、)が主人公クリスの記憶の変化(またはソラリスの作用による捏造)に伴って、どのように変奏されていくか、という話があったりして、また5日にはヨハネ受難曲のコンサートを聞く予定なこともあってマジメに観たのである。
本は読む前から始まっている、と何かの本に書いてあった。本も、映画も、音楽も、それが始まる前から、既に自分の中で、記憶や、自分を取り巻く環境といったものを含めて、何かが流れ始めている。そういった自分周辺のまたは底流のことどもと、作品を切り離して、いわゆる客観的に読むことはすごく難しい。
小沼先生のお話は、ゴルトベルク変奏曲は一般の変奏曲に比べて定旋律がどこにあるのか見分けがつきにくいですよね、というようなところから始まった。確かに、メロディーではなく、ベースラインに定旋律があるせいで、そういうことになるらしい。キーボードで実際に弾きながらのお話なのがありがたい。やはり音楽の、旋律の話などというのは、一般人としては書物の字面を追うだけでは実感として納得まで至らないのである。3という数字へのこだわり、数学的に対称なカノンの使用、というような厳格さもある一方で、最後の30変奏においては、当時の民謡の旋律を取り入れてしまうあたり、午前中に観た「私の名はバッハ」の晩年のバッハ像―失明を宣告され悩み多く、自嘲的ながらも、どこかコミカルで俗な面のある―も併せて、親しみを感じたりもした。
3本目の映画は「サラバンド」。無伴奏チェロ組曲の構成に準じて、1章ずつの物語が常に2人の登場人物のみ、殆ど対話劇のような形で進行する。最初は少し冗長な感があったが、進むにつれ、なかなか好もしい構成だと思うようになった。コンサートの開始時刻があって、最後の10分を見られなかったのは残念。結末が気になっている。
最後は、やっと、コンサート。Aホールなど大ホールはどうも音響がよろしくないように思っていて、B7ホールで唯一チケットが取れたPM8:45からの部。どれも初めて聞く曲のようだったけれども、生のチェンバロとヴァイオリンが素晴らしい。テレマンの「病気だと思い込んでいる人」が愉快。
祖母は岡山で生まれて鳥取に嫁いだ。小柄な女性だったが子供を9人か10人産んで、確か103歳まで生きた。昔のことだったから幼時に亡くなった子供もいるらしいけれど、とりあえず私が記憶している母の兄弟は母自身を除いて6人である。
祖母が亡くなるまでは、母の兄弟姉妹は祖母の家に正月に集まっては花札やら麻雀をしていたから、今でも伯父叔母の顔は想い出せる。面白いもので、兄弟もこれだけたくさんいると、祖母系の顔か祖父系の顔かにはっきり分かれているのが子供の眼からも見て取れて、顔立ちの整った祖母系に属するのは次男、次女、4女であり、3女たる母を含む残りの人らは祖父の系列である。
母のすぐ上の兄、次男たる伯父は本郷で煎餅屋をしていて、副業として株で稼いだらしい、なぞという噂も聞いたような気がする。知的で粋な風情を醸していて、会う時には煎餅やあられ、一里飴という昔ふうの味がする飴を持ってきてくれた。だから伯父さんのことは母も、煎餅屋のおじさん、とか春木町のおじさん、と呼んでいて、わたしも伯父さんを思い出すときには煎餅を連想するのだったが、祖母が亡くなり、私も実家を離れてからは疎遠になっていた。
会社が本郷になったのは1年も前のことだったが、最近になってふと伯父さんの煎餅を会社のおやつに買いに行こう、と思い立って、行ったのが木曜のこと。
本郷三丁目の交差点を湯島方向に少し歩いていくと右側、道沿いに竹泉、とある。そう、かすかな記憶の糸がひょろひょろと頼りなく伸びていって、バター味のあられの、ちょっとぎざぎざした丸型と、一里飴のオレンジと黒のパッケージに辿りついた。
店内はお客が2人も入れば一杯になるほどに手狭である。先の客が出るのを待って、「ご無沙汰してます、まりです」というと、しばし伯父さんは背を向け、棚に向かって沈黙したのち振り向いて、「どこの」と言った。もしかすると、色男の伯父さんには思い当たる「まり」が、何人かいたのかもしれない。少し笑いながら名字を言うと、暗い室内からだとやけに明るい道の向こう側を見て、ほう、と息をついてから、10年、いやもっとかな、大学生の頃にはもう会ってなかったからねえ、と言った。伯父さんは相変わらず祖母系の、いい顔をしていて、でも母から考えるともう80にはなろうかという齢だった。しばし近況を話してから、会社のおやつにお煎餅を、というと、あられなら仕事しながらぽりぽり食べられるだろ、と同僚の数だけ包んでくれた。あられの入った小袋をゴムで止めるその手つきを見ながら、子供の頃、真似をしても伯父のようにきつくは縛れなかったのを思い出した。
そうそう、これだけきつくしておくとね、乾燥剤なくたって20日ぐらいは持つからね、と少し笑いながら、言った。その日、会社では結局食べられなくて、帰り際に皆の机の上にあられの小袋を1つずつ置いて、自分は家に帰ってから、あの懐かしの「塩バターあられ」を食べてみた。子供のころ、少し塩味が薄いような、と思いながら食べたあの味だった。薄味のせいか、ついつい手がのびて、食べ終わる頃には丁度良い具合になっている。この加減が大人の味かと今にして分かるわけである。
翌午前、会社では、かすかな煎餅の香りと、朝からお腹をすかせた同僚がぱりぱりとあられを齧る音が断続的に聞こえていて、それはそれで、何かほんのりとしあわせな気がした。
祖母が亡くなるまでは、母の兄弟姉妹は祖母の家に正月に集まっては花札やら麻雀をしていたから、今でも伯父叔母の顔は想い出せる。面白いもので、兄弟もこれだけたくさんいると、祖母系の顔か祖父系の顔かにはっきり分かれているのが子供の眼からも見て取れて、顔立ちの整った祖母系に属するのは次男、次女、4女であり、3女たる母を含む残りの人らは祖父の系列である。
母のすぐ上の兄、次男たる伯父は本郷で煎餅屋をしていて、副業として株で稼いだらしい、なぞという噂も聞いたような気がする。知的で粋な風情を醸していて、会う時には煎餅やあられ、一里飴という昔ふうの味がする飴を持ってきてくれた。だから伯父さんのことは母も、煎餅屋のおじさん、とか春木町のおじさん、と呼んでいて、わたしも伯父さんを思い出すときには煎餅を連想するのだったが、祖母が亡くなり、私も実家を離れてからは疎遠になっていた。
会社が本郷になったのは1年も前のことだったが、最近になってふと伯父さんの煎餅を会社のおやつに買いに行こう、と思い立って、行ったのが木曜のこと。
本郷三丁目の交差点を湯島方向に少し歩いていくと右側、道沿いに竹泉、とある。そう、かすかな記憶の糸がひょろひょろと頼りなく伸びていって、バター味のあられの、ちょっとぎざぎざした丸型と、一里飴のオレンジと黒のパッケージに辿りついた。
店内はお客が2人も入れば一杯になるほどに手狭である。先の客が出るのを待って、「ご無沙汰してます、まりです」というと、しばし伯父さんは背を向け、棚に向かって沈黙したのち振り向いて、「どこの」と言った。もしかすると、色男の伯父さんには思い当たる「まり」が、何人かいたのかもしれない。少し笑いながら名字を言うと、暗い室内からだとやけに明るい道の向こう側を見て、ほう、と息をついてから、10年、いやもっとかな、大学生の頃にはもう会ってなかったからねえ、と言った。伯父さんは相変わらず祖母系の、いい顔をしていて、でも母から考えるともう80にはなろうかという齢だった。しばし近況を話してから、会社のおやつにお煎餅を、というと、あられなら仕事しながらぽりぽり食べられるだろ、と同僚の数だけ包んでくれた。あられの入った小袋をゴムで止めるその手つきを見ながら、子供の頃、真似をしても伯父のようにきつくは縛れなかったのを思い出した。
そうそう、これだけきつくしておくとね、乾燥剤なくたって20日ぐらいは持つからね、と少し笑いながら、言った。その日、会社では結局食べられなくて、帰り際に皆の机の上にあられの小袋を1つずつ置いて、自分は家に帰ってから、あの懐かしの「塩バターあられ」を食べてみた。子供のころ、少し塩味が薄いような、と思いながら食べたあの味だった。薄味のせいか、ついつい手がのびて、食べ終わる頃には丁度良い具合になっている。この加減が大人の味かと今にして分かるわけである。
翌午前、会社では、かすかな煎餅の香りと、朝からお腹をすかせた同僚がぱりぱりとあられを齧る音が断続的に聞こえていて、それはそれで、何かほんのりとしあわせな気がした。

