脳神経外科医・中山博康さんの回。
失敗した手術を語るときに流れる涙から、
この人はホンモノのお医者さんだと感じた。
命をかけてくる患者さんに、医師生命を賭けて臨むというプライド。
手術のリスクを伝えた上で、大丈夫なものは大丈夫と言いきってしまう。言い訳できない状況に自ら持っていっている。
患者さんとの対話で自ら退路を断っている。
すごい。
頭をガツンと殴られた感じ。
プロフェッショナルとは、との問いかけに対する答、
しっかり頭に刻む。
「過去から通した生きざまを、自分が好きでいられる、
そういう生きざまを貫くこと。自分を偽らないこと」
かっこいい。
ここ数日、有休消化でダラダラしてましたけど、
巻き直して、私も、真剣勝負でいきます。
失敗した手術を語るときに流れる涙から、
この人はホンモノのお医者さんだと感じた。
命をかけてくる患者さんに、医師生命を賭けて臨むというプライド。
手術のリスクを伝えた上で、大丈夫なものは大丈夫と言いきってしまう。言い訳できない状況に自ら持っていっている。
患者さんとの対話で自ら退路を断っている。
すごい。
頭をガツンと殴られた感じ。
プロフェッショナルとは、との問いかけに対する答、
しっかり頭に刻む。
「過去から通した生きざまを、自分が好きでいられる、
そういう生きざまを貫くこと。自分を偽らないこと」
かっこいい。
ここ数日、有休消化でダラダラしてましたけど、
巻き直して、私も、真剣勝負でいきます。
キング牧師の講演に心打たれました。
中学か高校の英語の授業で『I have a dream』を聞いた記憶がありますが、今回聞いたのは『A Preacher Leading His Flock』でした。
私はキリスト教徒ではありませんが、とても感動したので、以下に映画『トゥルーへの手紙』に引用された部分の字幕を記しておきます。
「
人生に等しく訪れるもの
我々はそれを「死」と呼びます
誰もが死について考えます
私も自分の死や葬儀のことを思う
病的なことではありません
その時 人に何と言ってほしいか
私は今朝皆さんに言い残しておきます
私がついに最後の日を迎えたなら長い葬儀はいりません
長々と弔辞を述べる必要もありません
何と言ってほしいのか
ノーベル平和賞を受賞した話は要りません
他の数多くの賞の話も要りません
学歴も重要ではありません
私はむしろこう言われたい
マーティン・ルーサー・キングは全力で他者に仕えたと
こういわれたい
誰かを愛そうとしたと
私が常に正しい道を歩もうとしたと
私の葬儀の日に語ってください
私が飢えた人を養おうとしたと
人生において裸の人に着せようとしたことを
語ってください
私が牢にいる人々を訪ねようとしたことを
私が人間を愛し人間に仕えようとしたことを
私は太鼓を叩く者でした
正義の太鼓を叩く者
高潔の太鼓を叩く者でした
他の浅はかなことは重要ではない
遺すべき金はありません
ぜいたくな品々も遺してゆきません
遺したいのは捧げ尽くした人生です
私が誰かの助けになれたら
言葉や歌で誰かを励ますことができたら
間違いを正すことができたら
私の人生もムダではないでしょう
キリスト者の義務を果たし
世界に救いをもたらすことができたら
そして主の教えを広められたら
私の人生もムダではないでしょう
主よどうか私を主の横に座したまえ
こう申すのは利己心からではありません
現世の権力を得るためではありません
私はその座において愛と正義をかなえ
真実と献身をあまねく世に広めたい
わたしたちの手で新しい世界を作りたいのです
」
(『トゥルーへの手紙』より マーティン・ルーサー・キングの講演『A Preacher Leading His Flock』部分の字幕より引用)
内容は当然、勿論ですが、話のされ方にも本当に優れた方ですね。何度聞いても涙せずにおれません。
中学か高校の英語の授業で『I have a dream』を聞いた記憶がありますが、今回聞いたのは『A Preacher Leading His Flock』でした。
私はキリスト教徒ではありませんが、とても感動したので、以下に映画『トゥルーへの手紙』に引用された部分の字幕を記しておきます。
「
人生に等しく訪れるもの
我々はそれを「死」と呼びます
誰もが死について考えます
私も自分の死や葬儀のことを思う
病的なことではありません
その時 人に何と言ってほしいか
私は今朝皆さんに言い残しておきます
私がついに最後の日を迎えたなら長い葬儀はいりません
長々と弔辞を述べる必要もありません
何と言ってほしいのか
ノーベル平和賞を受賞した話は要りません
他の数多くの賞の話も要りません
学歴も重要ではありません
私はむしろこう言われたい
マーティン・ルーサー・キングは全力で他者に仕えたと
こういわれたい
誰かを愛そうとしたと
私が常に正しい道を歩もうとしたと
私の葬儀の日に語ってください
私が飢えた人を養おうとしたと
人生において裸の人に着せようとしたことを
語ってください
私が牢にいる人々を訪ねようとしたことを
私が人間を愛し人間に仕えようとしたことを
私は太鼓を叩く者でした
正義の太鼓を叩く者
高潔の太鼓を叩く者でした
他の浅はかなことは重要ではない
遺すべき金はありません
ぜいたくな品々も遺してゆきません
遺したいのは捧げ尽くした人生です
私が誰かの助けになれたら
言葉や歌で誰かを励ますことができたら
間違いを正すことができたら
私の人生もムダではないでしょう
キリスト者の義務を果たし
世界に救いをもたらすことができたら
そして主の教えを広められたら
私の人生もムダではないでしょう
主よどうか私を主の横に座したまえ
こう申すのは利己心からではありません
現世の権力を得るためではありません
私はその座において愛と正義をかなえ
真実と献身をあまねく世に広めたい
わたしたちの手で新しい世界を作りたいのです
」
(『トゥルーへの手紙』より マーティン・ルーサー・キングの講演『A Preacher Leading His Flock』部分の字幕より引用)
内容は当然、勿論ですが、話のされ方にも本当に優れた方ですね。何度聞いても涙せずにおれません。
不覚にも、昨日の『プロフェッショナル』前半を見逃してしまった。
熱っぽい頭で10時半頃(夜ね、念のため。風邪ひいて1日寝たり起きたりだったんです)目覚めると、羽生善治さんが映っていた。
対局中の遠景からアップになった羽生さんの手が、少し震えていた。
その時、画面に「玲瓏」という文字があらわれた。
どんな意味だか知らないけれど、えらく美しい言葉だと思った。
きっと、私が見逃した前半で解説があったに違いない。惜しいことをした。と思いつつ、意味がとても気になったので、番組が終わってから、ネットで調べてみた。
羽生さんのファンには随分おなじみの言葉のようで、ファンサイトの名前がそのもの、「玲瓏」。
羽生さんが好んで色紙に書く言葉らしい。
ちなみに、元になった四字熟語は「八面玲瓏」。
四字熟語データバンクには、以下のように書かれている。
「八面玲瓏(はちめんれいろう)
意 味: どの方面から見ても、美しく欠点がない。「八面」はすべての方面。「玲瓏」は玉などの美しく輝くようす。また、玉などが美しい音でなるさま。心中に何のわだかまりも持たず、円満で巧妙に行う意にも用いる。」(以上 四字熟語データバンクより引用)
もう少し詳しく知りたいと思い、夕方なんとか起き上がって近所の書店に行く。羽生さんの著書を読むのは初めてだ。売れているらしくこんな小さな書店にも置いてあった。『決断力』。早速読む。
114ページからの項にこの言葉が出てくる。
「「玲瓏」は、四字熟語の「八面玲瓏」からとったもので、周囲を見渡せる状況を意味している。同時に、そういう心の状況を表す言葉でもあり、いつも透き通った心静かな気持ちをもいう。「明鏡止水」という言葉の心境と似ている。
だからといって、その域に私が達しているというのではない。あくまでも願望だ。対局が始まる前は「八面玲瓏」でいきたいなと思うけれど、対局が始まると、紆余曲折でドロドロした展開になってしまう。自分の感情をコントロールするのは難しい。だから「お願いします」というときは「玲瓏」だが、初手を指した途端に完璧に忘れてしまう。まだまだ修行が足りない。…」
(『決断力』 羽生善治 著 より引用)
などと書かれている。
将棋は全く分からないけれど、どんな仕事にも通じることが『決断力』には多く書かれている。いかに「捨てる」か、才能は、持続できる情熱、などなど。
一途に道を求める真摯な生きざまが、既に「玲瓏」を感じさせる、と思うのは私だけだろうか。
熱っぽい頭で10時半頃(夜ね、念のため。風邪ひいて1日寝たり起きたりだったんです)目覚めると、羽生善治さんが映っていた。
対局中の遠景からアップになった羽生さんの手が、少し震えていた。
その時、画面に「玲瓏」という文字があらわれた。
どんな意味だか知らないけれど、えらく美しい言葉だと思った。
きっと、私が見逃した前半で解説があったに違いない。惜しいことをした。と思いつつ、意味がとても気になったので、番組が終わってから、ネットで調べてみた。
羽生さんのファンには随分おなじみの言葉のようで、ファンサイトの名前がそのもの、「玲瓏」。
羽生さんが好んで色紙に書く言葉らしい。
ちなみに、元になった四字熟語は「八面玲瓏」。
四字熟語データバンクには、以下のように書かれている。
「八面玲瓏(はちめんれいろう)
意 味: どの方面から見ても、美しく欠点がない。「八面」はすべての方面。「玲瓏」は玉などの美しく輝くようす。また、玉などが美しい音でなるさま。心中に何のわだかまりも持たず、円満で巧妙に行う意にも用いる。」(以上 四字熟語データバンクより引用)
もう少し詳しく知りたいと思い、夕方なんとか起き上がって近所の書店に行く。羽生さんの著書を読むのは初めてだ。売れているらしくこんな小さな書店にも置いてあった。『決断力』。早速読む。
114ページからの項にこの言葉が出てくる。
「「玲瓏」は、四字熟語の「八面玲瓏」からとったもので、周囲を見渡せる状況を意味している。同時に、そういう心の状況を表す言葉でもあり、いつも透き通った心静かな気持ちをもいう。「明鏡止水」という言葉の心境と似ている。
だからといって、その域に私が達しているというのではない。あくまでも願望だ。対局が始まる前は「八面玲瓏」でいきたいなと思うけれど、対局が始まると、紆余曲折でドロドロした展開になってしまう。自分の感情をコントロールするのは難しい。だから「お願いします」というときは「玲瓏」だが、初手を指した途端に完璧に忘れてしまう。まだまだ修行が足りない。…」
(『決断力』 羽生善治 著 より引用)
などと書かれている。
将棋は全く分からないけれど、どんな仕事にも通じることが『決断力』には多く書かれている。いかに「捨てる」か、才能は、持続できる情熱、などなど。
一途に道を求める真摯な生きざまが、既に「玲瓏」を感じさせる、と思うのは私だけだろうか。
人間のプライドって怖いなと思う。
年齢を重ねるごとに、プライドを傷つけられるダメージは大きくなっていくと思う。が、プライドを捨てなければ成長できない場面は、年齢とは無関係に、毎日のように、常時やってくる。
成長を取るか、プライドを取るか。
二者択一を迫られたとき、迷わず「破壊」そして「成長」を選択できる身の軽さを維持したい。
傷ついてもいい、大きくなりたい。
「不動のものが価値だというのは
自分を守りたい本能からくる
錯覚に過ぎないんだよ。
破壊こそ創造の母だ。」
(『壁を破る言葉』 岡本太郎 より引用)
年齢を重ねるごとに、プライドを傷つけられるダメージは大きくなっていくと思う。が、プライドを捨てなければ成長できない場面は、年齢とは無関係に、毎日のように、常時やってくる。
成長を取るか、プライドを取るか。
二者択一を迫られたとき、迷わず「破壊」そして「成長」を選択できる身の軽さを維持したい。
傷ついてもいい、大きくなりたい。
「不動のものが価値だというのは
自分を守りたい本能からくる
錯覚に過ぎないんだよ。
破壊こそ創造の母だ。」
(『壁を破る言葉』 岡本太郎 より引用)
私がこうして書いているのは、想いは伝わる、と信じているからだ。
生きて、感じた、何かが、それを欲してくれる人に伝わってほしいと願っているから。
では、何を伝えたいのか?
ぼんやりと、雲のように、浮かんでは薄らいでいく。
つまり、岡本さんに言わせれば、「何を」、というモチーフが決まるまで、私は表現者ではないのだ。
「
「こういうもの」を表現したい、という最初の衝動がある。
描きたいという衝動じゃない、「こういうもの」を、なんだ。
無経験の素人でも、感覚と言いたいことがあれば、
いつでも芸術家になれる。
何を言いたいのか、それが自分ではっきり掴めていないから、
表現に迷う。
肝心なのは、モチーフだ。
」
(『壁を破る言葉』 岡本太郎 より)
生きて、感じた、何かが、それを欲してくれる人に伝わってほしいと願っているから。
では、何を伝えたいのか?
ぼんやりと、雲のように、浮かんでは薄らいでいく。
つまり、岡本さんに言わせれば、「何を」、というモチーフが決まるまで、私は表現者ではないのだ。
「
「こういうもの」を表現したい、という最初の衝動がある。
描きたいという衝動じゃない、「こういうもの」を、なんだ。
無経験の素人でも、感覚と言いたいことがあれば、
いつでも芸術家になれる。
何を言いたいのか、それが自分ではっきり掴めていないから、
表現に迷う。
肝心なのは、モチーフだ。
」
(『壁を破る言葉』 岡本太郎 より)
人間の営みは矛盾に満ちている、と思う。
孤独の底には他者を心から求める気持ちがあり、絶望の底には希望がある、そんな気がする。
「底」に到達するまで徹底的に自分を追い込むことができるかどうか、そこが問題だ。
「孤独な人は、自分の考えや存在を充分に見つめる。だから、もう他者に自分の影を探す必要はない。結果、自分とは違う「他者」を心から求める。だから孤独の底は他者とつながっている。そこに希望がある」
(『17歳は2回くる』山田ズーニー著)
孤独の底には他者を心から求める気持ちがあり、絶望の底には希望がある、そんな気がする。
「底」に到達するまで徹底的に自分を追い込むことができるかどうか、そこが問題だ。
「孤独な人は、自分の考えや存在を充分に見つめる。だから、もう他者に自分の影を探す必要はない。結果、自分とは違う「他者」を心から求める。だから孤独の底は他者とつながっている。そこに希望がある」
(『17歳は2回くる』山田ズーニー著)
東山魁夷さんのエッセイ『泉に聴く』より、私の大好きな作品である『道』についての記述です。
「人生の旅の中には、いくつかの岐路があり、
私自身の意志よりも、もっと大きな力に動かされていると、
私はこの本のはじめの章に書いている。
その考え方はいまも変わらないが、私の心の中に、
このひとすじの道を歩こうという意志的なものが育ってきて、
この作品になったのではないだろうか。
いわば私の心の据え方、その方向というものが、
かなりはっきり定まってきた気がする。
しかし、やはりその道は、明るい烈しい陽に照らされた道でも、
陰惨な暗い影に包まれた道でもなく、
早朝の薄明の中に静かに息づき、坦々として、在るがままに在る、
ひとすじの道であった。」
「ひとすじの道」(昭和42年5月刊、『風景との対話』より)
「人生の旅の中には、いくつかの岐路があり、
私自身の意志よりも、もっと大きな力に動かされていると、
私はこの本のはじめの章に書いている。
その考え方はいまも変わらないが、私の心の中に、
このひとすじの道を歩こうという意志的なものが育ってきて、
この作品になったのではないだろうか。
いわば私の心の据え方、その方向というものが、
かなりはっきり定まってきた気がする。
しかし、やはりその道は、明るい烈しい陽に照らされた道でも、
陰惨な暗い影に包まれた道でもなく、
早朝の薄明の中に静かに息づき、坦々として、在るがままに在る、
ひとすじの道であった。」
「ひとすじの道」(昭和42年5月刊、『風景との対話』より)
「言葉の宝箱」なるカテゴリを新設しました。
10歳ほど年の離れた尊敬する女性の先輩が、「言葉の宝石」と題して気に入った言葉を集めていたのをふと思い出して。
社会人になって数年経ったころ、その先輩から「あなたと私は似たところがあるわね」とのお言葉をいただいて、とても感激したのを覚えています。
多分、前後の文脈から、天然の感激屋なところが似ていると仰ったのだろうと勝手に推測しているのですが(笑)
自分でも、大切にしていきたいと思っている要素の一つです。
このカテゴリの記事は、純粋な引用になると思います。
引用元は明記したいと思っておりますが、万一、漏れがあればご指摘くださいませ。
都度、加筆修正したいと思っております。
10歳ほど年の離れた尊敬する女性の先輩が、「言葉の宝石」と題して気に入った言葉を集めていたのをふと思い出して。
社会人になって数年経ったころ、その先輩から「あなたと私は似たところがあるわね」とのお言葉をいただいて、とても感激したのを覚えています。
多分、前後の文脈から、天然の感激屋なところが似ていると仰ったのだろうと勝手に推測しているのですが(笑)
自分でも、大切にしていきたいと思っている要素の一つです。
このカテゴリの記事は、純粋な引用になると思います。
引用元は明記したいと思っておりますが、万一、漏れがあればご指摘くださいませ。
都度、加筆修正したいと思っております。
『凡事徹底』に引用されている詩で、坂村真民さんという方の
作品、とても心打たれました。
「騙されて良くなり 悪くなっては駄目
いじめられて強くなり いじけてしまっては駄目
踏まれて起きあがり 倒れてしまっては駄目
いつも心は燃えていよう 消えてしまっては駄目
いつも瞳は澄んでいよう 濁ってしまっては駄目」
(2004.03.20 記す)
作品、とても心打たれました。
「騙されて良くなり 悪くなっては駄目
いじめられて強くなり いじけてしまっては駄目
踏まれて起きあがり 倒れてしまっては駄目
いつも心は燃えていよう 消えてしまっては駄目
いつも瞳は澄んでいよう 濁ってしまっては駄目」
(2004.03.20 記す)
10歳前後年下の人と仕事をすることが、ごく日常になった。
いざ年齢を聞いてみると、見た目より意外に若かったりする。
経験はミスを防ぐのに役立つことは多いが、経験という曇りガラスを通さない素朴な目線が新たな価値を生み出すには貴重である。
年齢や外見にとらわれず、貴重なものを貴重と評価できる器の大きさがほしい。
そして、年齢を経るごとに感性は透き通っていく、そんな人になりたいと思う。
年齢について考えさせられる有名な詩を。
「
青春とは、人生のある時期ではなく、
心の持ちかたを言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。
青春とは臆病さを退ける勇気、
安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。
年を重ねただけでは、人は老いない。
理想を失うときに初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。
苦悩、恐怖、失望により気力は地に這い精神は、芥になる。
六十歳であろうと十六歳であろうと人の胸には、
驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、
人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美、喜び、勇気、力の
霊感を受ける限り君は若い。
」
(サミュエル・ウルマン 「青年」より引用)
いざ年齢を聞いてみると、見た目より意外に若かったりする。
経験はミスを防ぐのに役立つことは多いが、経験という曇りガラスを通さない素朴な目線が新たな価値を生み出すには貴重である。
年齢や外見にとらわれず、貴重なものを貴重と評価できる器の大きさがほしい。
そして、年齢を経るごとに感性は透き通っていく、そんな人になりたいと思う。
年齢について考えさせられる有名な詩を。
「
青春とは、人生のある時期ではなく、
心の持ちかたを言う。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。
青春とは臆病さを退ける勇気、
安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。
年を重ねただけでは、人は老いない。
理想を失うときに初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。
苦悩、恐怖、失望により気力は地に這い精神は、芥になる。
六十歳であろうと十六歳であろうと人の胸には、
驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、
人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美、喜び、勇気、力の
霊感を受ける限り君は若い。
」
(サミュエル・ウルマン 「青年」より引用)
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