不在


明日から仕事でマレーシアに行きます。
PC及び国外で使える携帯は持参しませんので、その間音信不通になります。
12(金)の朝、帰国予定です。






2008⁄09⁄05(Fri) 21:37   もろもろ | Comment(1) | Trackback(0) | ↑Top
うしみつ


最近この時間に目が覚める。
暑い。
ついでに、冷蔵庫に水がないのに気がついたりする。
てろてろと徒歩1分の自販機まで歩く。

出張の準備なぞする気力もないのは、
鉄欠乏性貧血だったからかもしれなくて、
せっせと豚肉と魚を摂取している。

辛うじてパスポートは取得したものの、
間に合うんだろうか、だいじょうぶなんだろうかこの英語で、
ま、いっか、というパターン化された思考回路が
ぐるぐると巡るばかりである。

タイで非常事態宣言なんか出てるときに
お隣のマレーシアになんか行っていいのか、
という素朴な疑問があったりするわけだけれども、
なるようになれ、というか、
なるようになるさ、というか、
死んでもいいように身辺整理をしておくかというような発想にしかならない。

とりあえず洗濯と掃除をして、借りっぱなしだった本を返して、
先の約束はいったん断っておこう、などと思ったりする。
よく、心配性だといわれるのである。

ところで、自分は製造業が好きなのかもしれないと
思いつつある。
よくわからない名前のついた混合成分が、
いくつかの工程を経て形を成し製品として生まれてくるのを見るのは、
なかなかにシアワセなことである。

無形の価値も悪くないけれども、
形あるモノをつくっている、という実感のほうが
自分には合っている気がする。
(いや、職場環境に単に適応しているだけかもしれないが。)
とはいえ、原材料高騰の折、努力に対する見返りは少ないわけだけれどもさ。

農業も、いいよなあ。
石垣島とか住んじゃって、マンゴー栽培とかしたりして。
気がついたら、しわしわのおばあになっちゃってるとかさ。
と言った次の瞬間、鉢植えさえろくに育てられないことに思い至ったりする。
ままならぬ世の中であります。

相変わらず不真面目な繰言しか出てこないのは
うしみつどきだから、ってことにでもしておこうかなあ。





2008⁄09⁄03(Wed) 03:05   もろもろ | Comment(0) | Trackback(1) | ↑Top
20080825


最近、マジメに仕事をしていて寄り道もせず帰宅するせいか、
あまり書くことがなかった。
心配して福井から電話をくれたかもしれないK君へ。
いちおう生きていますのでご安心を(笑)

本日はお薦めいただいたスアールアグンを見に行ってみたのだが、
これがめっぽう面白かった。
気分が良いのでコンビニでアルコールを購入してちびちび飲みながらだから
余計な話をするかもしれない。

そうそう、開演前のはなし。
赤と緑が綺麗に光る舞台を眺めながら、とはいえ乱視×近視なので
薄闇の視野は大して開けていないのだが、まあとりあえずぼうっとしていたら、
後ろの席の人の会話が聞こえてきた。
「ダークナイト」のジョーカー役の俳優さんのハナシ。
死んでしまったという話は知っていたけれども、詳細は初めて聞いた。
あの怖さはタダモノではないと思ったが、なるほど。
なぞと感心していたら始まった。

ところで、打楽器というのはまずお腹に響くものなんだね。
というのはこのまえ見た韓国太鼓集団の公演でも思ったのだけれども、
なにしろ抱えた鞄の皮さえビリビリ震えている。

ジェゴグというのは、竹で作った木琴みたいなもので。
小学校にあったマリンバは木に対して垂直に、金属でできた円筒が付属していたけれども
ジェゴグの場合は竹の円筒形を生かして下方は筒をそのまま残し、
上の方は縦半分に割ったような、とにかく叩けるような形にしてあって、
それを紐で横に(木琴状に)繋いでいる。
ぽくぽくとソフトな音なのだが、
リズムを取る太鼓が独特な迫力で転調を促す。
基調は単純な反復なのだけれども、その不意をつかれるようなリズムと和音の崩壊が楽しい。
踊りもついていて、これがまた、なんというか狂言か歌舞伎、いや獅子舞かというような。

というわけでこれだけでも充分面白かったのだけれども、
終盤、おまけがついていた。

リーダーさんが還暦を迎えたというのでその息子さんが跡を継ぐらしい。
で、その彼は芸大を(と言っていたので普通に日本の芸大だろうと思ったけど違ってるかも。詳細未確認)卒業したとかで、卒業制作の作品をお披露目するという。
へええ、と思いながら聞いていた。
よく分からなかったけれども、いま一つ、今まで特徴的だった不意の崩壊というようなリズムが
なくなってしまって、上手な木琴合奏みたいで、ちょっとつまらないなと思いはじめた頃。
ちょうど、掛け合いのような仕草をしながら演奏していたのだが、
作曲したはずの彼がなにやら困ったような顔で、
振りも今ひとつ周囲と合わなくなった。
妙だなあと思っていたら、大きな掛け声を発していた一人がバチを放り投げて
舞台の上に転がってしまって、
袖から何人か出てきてあわてて転がった彼を引きずって下手に出ていった。

これは、もしや。
演奏しているうちにトランスに入ってしまうというアレでは?
いや、これはたまげた。
2年前ぐらいに芸能山城組関係の脳科学の先生がシンポジウムで
奥地に行くとそんなことがゴロゴロあると熱弁していたのを聞いて、
ほんまやろかと思っていたのが、
目の前で、それも普通のコンサートホールで起こってしまったなんて、面白すぎるやん。
と、ひとり邪道な喜びかたする。
あの困ったような後継者君の顔にも納得がいく。

まあそもそも、こういう音楽を席に座ってじっと見ているってのは
鑑賞方法としていかがなものかとも思うわけで。
こういうのはさ、一緒にハイになって踊らないといかんよなあと、
運動神経のもち合わせのない私でさえ思うような、身体の奥のほうに作用する音とリズム。
音というのは、ふしぎなものだなあ。
そんなことを思いながら、
何かから解き放たれたように足取りも軽く帰途につく。






2008⁄08⁄26(Tue) 00:39   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
ポニョを見てきた。


J・ヤングは、アイデアとは既存の要素の組み合わせだと言った。
宮崎監督のコメントを見ると、もともとのアイデアはアンデルセンだったようだけれど、
火を水に置き換えてしまえばブリュンヒルデのイメージそのもので、
人魚姫なんてチラリとも浮かばなかった。
しかし、5歳、しかも金魚。
この着想だけで、スゴイとしか言いようがない。

受賞がどうの、というような話には通常興味がないけれど、見終わってみて、
今回ヴェネチア受けするのかどうか、珍しく、ちょっと注目してみたい気になった。
ワグナーのオペラは抽象度が高くて、
解説がないとさっぱり分からないと常々思っているけれども、
それをかなりの部分下敷きにしている作品の海外での評価如何で、
アニメなのに実写よりリアル、という点で競ってきた時代は終わって、
アニメなのにアートより抽象的、みたいな方向性にシフトしたら
(既にシフトしつつあるとは思うけれども)
ニッポンのアニメ映画も、もう少し面白くなるんじゃないかしら。

ともあれ、ワルキューレ、ジークフリートまできて、神々の黄昏の前で物語を終えた、
そのメッセージを大切にしたい。





2008⁄08⁄17(Sun) 01:09   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
英語ブログ


見てやってもいいかな、と思ってくださる奇特な方がいらしたら、
英語レッスンの成果をこちらの英語ブログからご覧くださいませ(笑)





2008⁄08⁄14(Thu) 17:48   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
お盆


お盆休み1日目はパスポート申請に伴うもろもろと、
The dark knightを見て、ジュンク堂で洋書2冊を仕入れて終了。
本日2日目。
午前中、最寄JR駅近のミスドで英語。
教材として日記を書いていくことになっているのだが、
いつも前日には書き上げておこうと思いつつ、
当日30分前に喫茶店に到着してものすごいスピードで書くことになる。
実家に帰った折、マレーシアに持っていくお土産は何が良いか議論したところ、
父が「法被(はっぴ)がハッピーに繋がると言えて良かろう」と言った話を
A4ノート1行空き(先生に修正してもらうため)4ページにわたってずらずらと書く。

そこから発展して、駄洒落の駄はどういう意味なのか、とか、
お盆に帰省して墓参するのを「墓場に行く」というと何故可笑しいのか
語っていると、あっという間に1時間半が経過。

先生の口癖は「それ楽しい?」なのだけれど、
確かに楽しいほど身につくとは正論かもしれないと思う。



これから昨日仕入れた「The glass palace」を読もうというところ。






2008⁄08⁄14(Thu) 14:17   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
倍音


はじめて倍音というものを意識的に聞いたのは
野村誠さんの昨年あたりの新百合丘の公演での尾引さんというかたのもので、
あまりにもクリアに聴こえるので、
その音が人体から発せられていると気づくのに少し時間がかかった。
(最初は何か楽器の音かと思ったのね、)

それが喉から出ているとわかってからは、
ただただ口元を凝視してしまったわけだけれども、
これ↓写してる人も、目線が口メインになってます。(そのきもち分かります、笑)

Vions[bai-onz] OBIKI Hiroshi [ Mikadukinoyouna ]
http://jp.youtube.com/watch?v=wwD3N2Q0QKI&NR=1


このかた↓もなんかすごいですね。

徳久ウィリアム@ORASP2007
http://jp.youtube.com/watch?v=bN7SLIcNy_c&NR=1

明日のUprinkのライブ行きたいなあ(気力があれば、、、)





2008⁄08⁄09(Sat) 20:53   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
素麺


9月のマレーシア出張がほぼ本決まりになった。
約1週間、3つの工場を見学して1日フリータイムも頂戴できる。
わーい。
というわけで、英語のレッスンにも身が入る。
まあ身が入るといったって、もともとがいーじーごーいんぐなわけなので、
知れてるわけだけれども。
今日は主にライティングのチェックをしてもらう。
前置詞と冠詞がたくさん間違っている。わお。

素麺が食べたいと思っていたら、職場でお中元のおすそわけをいただいた。
昨夜から4食連続そうめん。
こんなことでいいのかそうめん。

たしか1年前の春、どうしてだったかは忘れてしまったのだけれども、
言語学の講座に通っていたことがあった。
大学院生ばかりのクラスにたまたま入れてもらうことになって、
テキストですから予習するようにと言われたのが
ジョージ・レイコフの認知意味論の論文(英語)だった。
当時は、わけわかんね、と思って、途中でやめてしまったのだったが、
これまた経緯は忘れたのだけれども先週レイコフに再び巡り合った。
英語というものを少しまともに書けるようになりたいという気持ちで読むと
レトリックや隠喩というのはなかなかに面白く、3冊交互に読んでいる。

インスピレーションは現実とか納得できるかどうかということより
少し先んじて訪れるのかもしれない、と
そうめんをすすりながら思う。






2008⁄08⁄09(Sat) 20:36   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20080803


篤姫を見ていて、テレビ画面の右上に「アナログ」という白抜き文字を発見した。
いったん気になりはじめると、目障りこの上ない。
2011年まで3年もあるのに
こんな表示を出すぐらいだから、デジタル化の進捗が相当思わしくなんだろうか。

今のアナログ対応機が使えなくなったら、もうテレビなんて見ないだろうなぁ、
と思ってるひとは少なくないんじゃないだろうか。
情報量は、ネットで十分足りているといえば足りている。

だから、きっと、デジタル化の進捗が遅れていると焦る必要はなく、
テレビの需要そのものが減りつつあり、デジタル化という契機は
供給側の目論見に反して、需要減を促進しているのだとお考えになって、
目障りな文字を表示するのはやめましょう。はい。



タルコフスキーを昨夜当日返却でレンタルしてしまったせいで、
10時までに最寄JR駅近くにあるツタヤに到着し、その後図書館に行くという
夏の休日にしては至極規律正しい生活態度でありました。

図書館は格好の避暑地で、机のある席は殆ど満席。
やっと見つけた丸テーブルを
見知らぬ4人で囲むという、普段にはない珍しいシチュエーションが現出する。
うち若者2人は時折すやすやとお休みになる。
隣は何を読む人ぞ、とチラリと覗く。
時折覚醒した女子は武道系の本を読んでいる。

若桑さんの絵画入門系著作をもう一度最初から読み直す。
挿絵の白黒写真ではどうも掴めないので、
タテヨコ50センチ角もあろうかというシスティナ礼拝堂の写真集を抱えてきて
控えめに開いてぱらぱらとめくってみる。

書架で近所にあったのだったか、どこでどう繋がったのか、もう忘れてしまったが、
サイードとかレイコフとかバルトとかに出会ったりして、
久しぶりにネイチャーの脳系記事なんかもコピったりして(まだ読んでないけど)
楽しい1日だった。

昨年言語学の講座に通っていたときは
意味論とか修辞の話は次第に飽きてしまって途中でやめたのだけれど、
いざ英語で文章を書こうと思ってみると
(英語の先生に日記とかエッセイでも書けといわれていて、
さすがにこれみたいなテキトーな文章は英語では書けないのだ、なぜか)
それに言語学の本が意外に役に立つ。
エーコを読みかけていて全然進まない記号論とも絡む。
ジョージ・レイコフを3冊借りる。
帰宅してスティーブン・ピンカーの最近のレクチャーを聞く。相変わらずかっこいい。
最新刊をオーディオブックで聴くことにする。9時間もあるけど。
聞ききれるかしらん。

なんとかかんとか言いながらNHKにはお世話になっているわけで、
N響アワーも見る。
今日はRシュトラウスのツァラトゥストラもモーツァルトのアリアもよかったな。

ザネッティはオペラ出身の人だそうで、
オペラの経験を積めば、たとえ交響曲でも、
その一つの楽器、旋律が語っているように聞こえるようになる、
呼吸が感じられるようになる、というようなことを言っていたのが
ちょっと印象に残る。

池辺さんは今日だじゃれの一つも言わずに
まじめだったんだけれども、最後に音楽全体のナラティブ性ではなくて
ひとつの音そのものの中に物語性がある、楽譜に一つ音符を書くと、
その音があちこち動きたがるような、というようなコメントをしていて、
面白かった。

ほんじつは、そんなかんじでした。





2008⁄08⁄03(Sun) 22:18   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20080802


家を出るのが遅れたせいで、
今日のメインテーマだったはずのジェゴグを聴くことはかなわなかった。
(辛うじて演目が終わって、運ばれていく巨大ジェゴグを眺めることはできた)
これはまあ今月末にホンモノを聞きなさいということでしょうと
得手な解釈をする。

実をいうと、生ガムランを聴くのも初めてだったりする。
旋律やリズムのリピートは時間の経過とともに
ある種の快感をもたらしてくれるけれども、
やはり奏者でも踊り手でもない、いち聞き手としては、
エクスタシーというよりは、気が遠くなるような、
頭がおぼろに霞んで身体から遊離していくような。

いちばん面白かったのは
グルジアとブルガリアの合唱で、
野外でなにかと雑音が多いのをよいことに
小さく口ずさんでみたりさえしたのだけれど、
体内に記憶された形跡のない旋律なせいか、どうもうまく思い出せない。
こんどCDでも入手しよう。
バナナの叩き売りまで見て、帰途に。

休み時間に若桑みどり「絵画を読む」を読む。
知らないとはおそろしい。
絵の片隅に小さく存在する事物まで、ここまで意味があったのかと知ると、
いままで見た絵を全部見直したくなったりもする。
鑑賞というものを、感覚だけにゆだねるのではなく、
背景や歴史を知ることによって広がるイマジネーションを楽しむという
絵画の「読み」かたがあるんだなあ。
遅かりし目覚め。

DVDが故障していて、タルコフスキーのビデオを2本借りる。
洗濯物を片付けながら眺める。





2008⁄08⁄02(Sat) 23:48   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top

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