本屋で立読み。
科学系雑誌2月号及び別冊に脳記事多し。
参考までに。
目次はこちら↓
http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/sci_book/bessatsu/51154/51154-mokuji.html
目次↓
http://www.nikkei-bookdirect.com/science/item.php?did=55702
ニュートンの特集は「記憶」
科学系雑誌2月号及び別冊に脳記事多し。
参考までに。
![]() | 脳から見た心の世界 part2 (2) 日経サイエンス編集部 (2006/12) 日経サイエンス この商品の詳細を見る |
http://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/sci_book/bessatsu/51154/51154-mokuji.html
| 日経サイエンス 2007年 02月号 [雑誌] (2006/12/25) 日経サイエンス この商品の詳細を見る |
http://www.nikkei-bookdirect.com/science/item.php?did=55702
ニュートンの特集は「記憶」
| Newton (ニュートン) 2007年 02月号 [雑誌] (2006/12/26) ニュートンプレス この商品の詳細を見る |
今年を振り返るのに、
たとえ駄文であっても、
まめにブログを更新しているのは役に立つ。
自分自身のブログを流し読みしていて
自分的には重要な気づきを得た。
決定的な何かが起こる前に、
自分では気づいていない
兆候がしっかり現れていて、
その積み重ねのうちに
コトが起こっているということ。
具体的には、会社を辞めることとか、
ある分野に対する強い関心を持つようになるとか。
もっと言えば、
兆候を記録することそのものが、
その後の行動を強化したり
促進して早く実現させたりしている
可能性があるということ。
昨日読んでいた
『脳の時間、ゲノムの時間』
は面白かったけど
これじゃなくて
『脳は空より広いか』だったかな、
に何度も書いてあったというか、
結局それしか書いてなかったと言っても良い
再入力による相互強化作用
と思われる。
もうひとつ。
当初予定はなかったのだが、
はたと気がついて
ある学問(又は人物でもよい)に
いわゆる「はまった」状態になるまでに
どのような行動を何分取ったか
カウントしてみた。
メタ認知とはいえないにせよ
これは今後、
今回のように無自覚ではまるのではなく
「自ら積極的に」何かにはまりたい場合に
どの程度の行動をすればよいかの目安になる
と思ったのだ。
(他人様から見ると奇異かもしれないが
折角なので記録に残しておく)
2006年10月〜12月迄
本を読む 約1200分(13冊×1冊90分と仮定、一部反復あり。著者以外の本を含めるとあと10冊ほどだから計2100分か)
音声ファイルを聞く 約1800分(20×60分〜90分、一部反復あり)
生の話を聞く 約1000分(14回×60〜90分)
ブログを読む 約300分(8月16日〜1日1回と仮定、134回、1回2分と仮定、一部反復あり)
テレビを見る 約360分(年初から月2回見て、1回15分と仮定)
合計 5560分(約92.6時間=約4日)
つまり、テレビとブログで助走期間があって
自覚として10月後半から本格的にはまって、
今ではこの分野に関してはあまり努力を要せず
小難しそうな文章が読めるようになった。
長い期間とも思えるし、
日に直すと意外に短いとも感じる。
たとえ最初興味の薄いものであっても
4日忍耐して続ければ
ある程度の興味分野と言えるようになる
とも読めるからだ。
結構真面目に自分にとって良いデータが取れたと
思って喜んでいる。
では1年の振り返りはまた今度ということで…。
たとえ駄文であっても、
まめにブログを更新しているのは役に立つ。
自分自身のブログを流し読みしていて
自分的には重要な気づきを得た。
決定的な何かが起こる前に、
自分では気づいていない
兆候がしっかり現れていて、
その積み重ねのうちに
コトが起こっているということ。
具体的には、会社を辞めることとか、
ある分野に対する強い関心を持つようになるとか。
もっと言えば、
兆候を記録することそのものが、
その後の行動を強化したり
促進して早く実現させたりしている
可能性があるということ。
昨日読んでいた
『脳の時間、ゲノムの時間』
は面白かったけど
これじゃなくて
『脳は空より広いか』だったかな、
に何度も書いてあったというか、
結局それしか書いてなかったと言っても良い
再入力による相互強化作用
と思われる。
もうひとつ。
当初予定はなかったのだが、
はたと気がついて
ある学問(又は人物でもよい)に
いわゆる「はまった」状態になるまでに
どのような行動を何分取ったか
カウントしてみた。
メタ認知とはいえないにせよ
これは今後、
今回のように無自覚ではまるのではなく
「自ら積極的に」何かにはまりたい場合に
どの程度の行動をすればよいかの目安になる
と思ったのだ。
(他人様から見ると奇異かもしれないが
折角なので記録に残しておく)
2006年10月〜12月迄
本を読む 約1200分(13冊×1冊90分と仮定、一部反復あり。著者以外の本を含めるとあと10冊ほどだから計2100分か)
音声ファイルを聞く 約1800分(20×60分〜90分、一部反復あり)
生の話を聞く 約1000分(14回×60〜90分)
ブログを読む 約300分(8月16日〜1日1回と仮定、134回、1回2分と仮定、一部反復あり)
テレビを見る 約360分(年初から月2回見て、1回15分と仮定)
合計 5560分(約92.6時間=約4日)
つまり、テレビとブログで助走期間があって
自覚として10月後半から本格的にはまって、
今ではこの分野に関してはあまり努力を要せず
小難しそうな文章が読めるようになった。
長い期間とも思えるし、
日に直すと意外に短いとも感じる。
たとえ最初興味の薄いものであっても
4日忍耐して続ければ
ある程度の興味分野と言えるようになる
とも読めるからだ。
結構真面目に自分にとって良いデータが取れたと
思って喜んでいる。
では1年の振り返りはまた今度ということで…。
1990年代、チンパンジーが餌を食べるときの
大脳皮質運動前野・腹側運動前野の
ニューロンの活動を調べていた研究者が、
たまたま研究者自身がジェラードを食べている時、
調べているチンパンジーの予想外の部分のニューロンが
活発に活動するのを発見した。
自分がある行為をする場合、
また同じ行為をする他者を見る場合に
活動するといわれる
ミラーニューロンの発見である。
人間にも同じミラーニューロンがあるわけで、
それを発展させると、ミラーニューロンの働きによって
他者に共感するという心の働きが
生まれるというのは割合簡単に類推されるわけだけれど、
私が思っているのはもう少し深い共感、
たとえばsteve Jobsの講演を聴いて
ぼろぼろと涙してしまうような共感、
に関することである。
勤務終了時間が近いので
共感について書いてある箇所を引用します。
茂木先生の本です。
『心を生み出す脳のシステム』
P170〜
第7章 なぜ、他人の心が読みとれるのか
―共感する能力、表象化する能力
「相手が泣いた時に、自分も泣く。相手が笑ったときに
、自分も笑う。これもまた、相手の心の状態に感応する能力ではある。このような能力は、先に見たように動物界全体に広く見られると
言っていいだろう。しかし『東京物語』を見る時の私たちの
心の中には、明らかにそれ以上の何かが立ち上がっている。そしてこの、「それ以上の何か」こそが、人間における他者の心を読みとる能力であり、すなわち「心の理論」を考える上で、決定的に重要なものであるように思われるのである」
(同上P172)
「「私」という存在は、世界の中でもっとも疑いようのない確かなものである。それにもかかわらず、私たちの意識の中では、「私」の核心に近づけば近づくほど、それをとらえる心の中の質感は抽象的で、とらえどころのないものになっていく。このようなとらえどころのない「私の心」の核心としての「私」を指し示す志向性が、「他者の心」を指し示す志向性の出現によって促される。いわば「私の心」に対する表象化が、「他者の心」に対する表象化をてこの支点として発達する可能性が考えられるのではないか。このようにして、「他者の心」の存在を鏡にして発達する自己意識が、自分と他者の間で運動への志向性を共有する役割を担うミラーニューロンによって支えられているというシナリオができあがるのである。」
(同上P200)
「「心の理論」の獲得が、人間の進化において重要な役割を果たしたことは疑問の余地がない。ミラーニューロンは自分と他者の間で、運動への志向性を共有する役割を果たす。ミラーニューロンないしは似たような働きをするニューロンの存在が、他の動物にも広く見られるような、他者の心と自己の心の間での志向的状態の共有を可能にしているのだろう。さらに、人間においては、ミラーニューロンによる志向的状態を現在の外的状態とは独立した内的状態として明確に思い浮かべることのできる「心の理論」へと発展した。このような「心の理論」の発展には言語に見られるような高度な表象化の能力が不可欠である。一方で言語によるコミュニケーションにおいては、相手の心の状態を推測することが不可欠である。このような関連性を背景に、心の理論と言語能力の発展は、ほとんど同時に起こった…。
ここで重要なことは、ミラーニューロン単独では、他人の心を読み取り、他人の心に共感する私たちの能力を支えきれないということである。語信念課題によって検証されるような「心の理論」を持つには、さらに言語につながる表象化が必要になる。他人の心に感応した身体の姿勢や運動が生じるには、前頭葉の運動野、運動前夜に加えてボディシェーマやボディイメージを生み出す頭頂葉のニューロン活動が不可欠である。
そして東京物語の母親が死ぬ場面を見て涙するような感情的な共感には扁桃核を中心とする大脳辺縁系の役割が欠かせない。これらの全ては、それが意識される時には何かに向けられた志向的クオリアとして、そして意識されないときには志向性として機能する、より一般的な志向性のネットワークの一部である。
他者の心を読み取る「心の理論」の能力はさまざまな要素の微妙なバランスの上に成田あっている、私たちの脳というシステムの精華である。この微妙なバランスのどこが欠けてもこの精華は失われてしまう。」
(同上P202)
というわけで今日は8時で早退、そろそろ時間切れなり。
引用のみになってしまいました。
大脳皮質運動前野・腹側運動前野の
ニューロンの活動を調べていた研究者が、
たまたま研究者自身がジェラードを食べている時、
調べているチンパンジーの予想外の部分のニューロンが
活発に活動するのを発見した。
自分がある行為をする場合、
また同じ行為をする他者を見る場合に
活動するといわれる
ミラーニューロンの発見である。
人間にも同じミラーニューロンがあるわけで、
それを発展させると、ミラーニューロンの働きによって
他者に共感するという心の働きが
生まれるというのは割合簡単に類推されるわけだけれど、
私が思っているのはもう少し深い共感、
たとえばsteve Jobsの講演を聴いて
ぼろぼろと涙してしまうような共感、
に関することである。
勤務終了時間が近いので
共感について書いてある箇所を引用します。
茂木先生の本です。
『心を生み出す脳のシステム』
P170〜
第7章 なぜ、他人の心が読みとれるのか
―共感する能力、表象化する能力
「相手が泣いた時に、自分も泣く。相手が笑ったときに
、自分も笑う。これもまた、相手の心の状態に感応する能力ではある。このような能力は、先に見たように動物界全体に広く見られると
言っていいだろう。しかし『東京物語』を見る時の私たちの
心の中には、明らかにそれ以上の何かが立ち上がっている。そしてこの、「それ以上の何か」こそが、人間における他者の心を読みとる能力であり、すなわち「心の理論」を考える上で、決定的に重要なものであるように思われるのである」
(同上P172)
「「私」という存在は、世界の中でもっとも疑いようのない確かなものである。それにもかかわらず、私たちの意識の中では、「私」の核心に近づけば近づくほど、それをとらえる心の中の質感は抽象的で、とらえどころのないものになっていく。このようなとらえどころのない「私の心」の核心としての「私」を指し示す志向性が、「他者の心」を指し示す志向性の出現によって促される。いわば「私の心」に対する表象化が、「他者の心」に対する表象化をてこの支点として発達する可能性が考えられるのではないか。このようにして、「他者の心」の存在を鏡にして発達する自己意識が、自分と他者の間で運動への志向性を共有する役割を担うミラーニューロンによって支えられているというシナリオができあがるのである。」
(同上P200)
「「心の理論」の獲得が、人間の進化において重要な役割を果たしたことは疑問の余地がない。ミラーニューロンは自分と他者の間で、運動への志向性を共有する役割を果たす。ミラーニューロンないしは似たような働きをするニューロンの存在が、他の動物にも広く見られるような、他者の心と自己の心の間での志向的状態の共有を可能にしているのだろう。さらに、人間においては、ミラーニューロンによる志向的状態を現在の外的状態とは独立した内的状態として明確に思い浮かべることのできる「心の理論」へと発展した。このような「心の理論」の発展には言語に見られるような高度な表象化の能力が不可欠である。一方で言語によるコミュニケーションにおいては、相手の心の状態を推測することが不可欠である。このような関連性を背景に、心の理論と言語能力の発展は、ほとんど同時に起こった…。
ここで重要なことは、ミラーニューロン単独では、他人の心を読み取り、他人の心に共感する私たちの能力を支えきれないということである。語信念課題によって検証されるような「心の理論」を持つには、さらに言語につながる表象化が必要になる。他人の心に感応した身体の姿勢や運動が生じるには、前頭葉の運動野、運動前夜に加えてボディシェーマやボディイメージを生み出す頭頂葉のニューロン活動が不可欠である。
そして東京物語の母親が死ぬ場面を見て涙するような感情的な共感には扁桃核を中心とする大脳辺縁系の役割が欠かせない。これらの全ては、それが意識される時には何かに向けられた志向的クオリアとして、そして意識されないときには志向性として機能する、より一般的な志向性のネットワークの一部である。
他者の心を読み取る「心の理論」の能力はさまざまな要素の微妙なバランスの上に成田あっている、私たちの脳というシステムの精華である。この微妙なバランスのどこが欠けてもこの精華は失われてしまう。」
(同上P202)
というわけで今日は8時で早退、そろそろ時間切れなり。
引用のみになってしまいました。
共感覚の話を読んでいるところである。
「リチャード」という名前を聞くと、
チョコレートの味がする、というような人がいるらしい。
これが共感覚の一事例であるが、
ほかにも、
音が見えたり、景色が匂ったり、味覚が見えたりする
というような。
どうやら幼児期はだれでも
そのような共感覚を持っているらしいのだが、
成長過程で一つの感覚(匂いは匂うだけで見えないというような)
に当てはめられてしまうようだ。
で、なぜこれが気になったかというと、
さっき読んでいた養老さんの唯脳論に
形はリズムだ、という話があって
どうもひっかかっているのと
こないだ聞いた
江村さんの話の中で
作曲という過程において、
楽譜という譜面から伝わってくるものが
ある、というようなことを言われていたのを
思い出したから。
画家カンディンスキーは
音の印象を記号化した。
(『脳と心の地形図』P158)
作家ウラジミール・ナボコフは
(この人はどんな人だか知らないけれど)
自分は色聴だと言い、
言葉の音から色を感じると言っている。
「フランス語の「on」と発音すると、
酒をなみなみと注いだ小さいグラスの、
いまにもこぼれそうな表面が浮かんでくる」
のだそうだ。
(同上P159)
「共感覚の人は、一度にひとつの感覚しか
持てない人より、明らかに豊かな世界を体験している
はずだ。
皮質による情報分類を場合に応じて
きりかえることができれば、
目の前には驚くほど多彩な世界が広がるだろう。
残念ながら、いまのところそれを確実にやる方法は
ドラッグしかないし、
そういうドラッグはたいてい違法である。
共感覚のメカニズムがもっとわかってくれば、
認知の扉を自由に開く安全な方法が発明されるかもしれない」
(同上P160)
これは面白いし、
世の中の役に立ちそうなテーマかもしれない。
★
ペルトの『ヨハネ受難曲』をこれまた図書館で借りて
いま聞いているところ。
予想外にも「当たり」だった。
「リチャード」という名前を聞くと、
チョコレートの味がする、というような人がいるらしい。
これが共感覚の一事例であるが、
ほかにも、
音が見えたり、景色が匂ったり、味覚が見えたりする
というような。
どうやら幼児期はだれでも
そのような共感覚を持っているらしいのだが、
成長過程で一つの感覚(匂いは匂うだけで見えないというような)
に当てはめられてしまうようだ。
で、なぜこれが気になったかというと、
さっき読んでいた養老さんの唯脳論に
形はリズムだ、という話があって
どうもひっかかっているのと
こないだ聞いた
江村さんの話の中で
作曲という過程において、
楽譜という譜面から伝わってくるものが
ある、というようなことを言われていたのを
思い出したから。
画家カンディンスキーは
音の印象を記号化した。
(『脳と心の地形図』P158)
作家ウラジミール・ナボコフは
(この人はどんな人だか知らないけれど)
自分は色聴だと言い、
言葉の音から色を感じると言っている。
「フランス語の「on」と発音すると、
酒をなみなみと注いだ小さいグラスの、
いまにもこぼれそうな表面が浮かんでくる」
のだそうだ。
(同上P159)
「共感覚の人は、一度にひとつの感覚しか
持てない人より、明らかに豊かな世界を体験している
はずだ。
皮質による情報分類を場合に応じて
きりかえることができれば、
目の前には驚くほど多彩な世界が広がるだろう。
残念ながら、いまのところそれを確実にやる方法は
ドラッグしかないし、
そういうドラッグはたいてい違法である。
共感覚のメカニズムがもっとわかってくれば、
認知の扉を自由に開く安全な方法が発明されるかもしれない」
(同上P160)
これは面白いし、
世の中の役に立ちそうなテーマかもしれない。
★
ペルトの『ヨハネ受難曲』をこれまた図書館で借りて
いま聞いているところ。
予想外にも「当たり」だった。
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