雑感20060630


ビジ法2級試験勉強放棄中。
だって暑いし(笑)

ヤフー動画で山崎まさよしのトーク番組『山崎RADIO』を見る。
今まで全く興味の範疇になかったのだけれど、『8月のクリスマス』を見てから、少し関心を持ち始めた。

新作アルバム『ADDRESS』に関する微妙に内輪受けなトークと、妙な写真が、ちょっと笑える。

最近色んな会社でネット動画のインタビュー番組を作ってるけど、今まで見た中で、内容はともかくとして、一番いい雰囲気だったかな。少しだらけた、というか力みのない内輪っぽい感じ、がネットには合っているのかもしれない。






2006⁄06⁄30(Fri) 22:17   未分類 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
ピアノ。


今週の通勤BGMは、キース・ジャレット『ケルン・コンサート』。
一度、生演奏を聴いてみたいピアニストの一人である。


ピアノには不思議な鎮静作用がある。
それは、私が3歳から12歳までピアノを習っていたせいもあるかもしれない。その後やめてしまったから、今となっては大した腕前はないけれど、たまに自室の電子ピアノに向かって一心に弾くと、心につかえた諸々が、流れて消えていくような気がする。


今のところ、ある程度感情移入できる程度に弾ける曲は、ドビュッシーの『アラベスク1番』。
何か大きなものに包まれているような気分になるやさしい曲である。


※アラベスク1番ってこんな曲↓
http://classic-midi.com/midi_player/classic/cla_Debussy_arabesk.htm





2006⁄06⁄28(Wed) 23:09   音楽 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
要約おかん。


伝えたいことがある。
それは、今はこう、胸のあたりにもやもやとわだかまっていて、まだ上手く出てこない。

マイブームの山田ズーニーさんの言葉を借りるならば、もし、「要約おかん」が隣にいれば、単刀直入に伝えてくれるかもしれない、と思う。

最近私をインスパイアしてくれた人にも、感謝の気持ちを伝えたいと思う。けれど、まだ、言葉にならない。

一家に一人。
要約おかん、ほしいです(笑)





2006⁄06⁄28(Wed) 00:32   読書 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
新しい風。+私信。


こと身に着けるものに関しては、あまりブランドを意識することがない。
見て、気に入ったら、ブランド名など気にせず買ってしまう。
買ってから、このお店の名前は何だっけ、てなことになる。
つまり、あまり高級品は買っていないってこと、かな(笑)



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2006⁄06⁄26(Mon) 23:28   未分類 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
散歩道 (夜の高円寺)


部屋の中が湿気で鬱陶しいせいか、午後8時を回ってから突然散歩に出かけたい衝動にかられた。

誘いに乗ってくれる男友達がいる時は、よく連れ立って散歩に行く。
喫茶店やらで向かい合って話すのは、なにがしか気詰まりで、外の空気を吸いつつ、横並びで歩いている時が一番自然体で話ができる。だから、私の散歩は長距離になることが多く、気づくと2〜3時間歩かされた彼らはへとへとになっていたりする。(可哀想に…笑)

今日は一人で歩く。
本当は人の気配がない道を歩きたいのだが、格闘技術の持ち合わせもないので、不意の来襲に耐えうるわけもなく。
そこは一応、身の程をわきまえて、そこそこ人通りがある場所を歩くことにした。

近所を歩いてもつまらないので、丁度来たバスに乗って高円寺に行く。
中学高校と高円寺に通っていたのだが、その頃とはずいぶん様変わりして、サブカルめいた小さな店がひしめき、結構遅くまで開いている。
絵本専門の古本店とアジア雑貨店で、少々長居する。

今夜の収穫は、ランプ。
蓮の花をかたどった中に、小さな豆電球の灯りがつく。
部屋の雰囲気は灯りの数でずいぶん変化する、と前に聞いてから、良いものがないかと探していたところに、丁度見つかった。



散歩の帰り道、持って出た本『17歳は2回くる』を再読して帰宅した。最近、山田ズーニーさんがマイブームである。
山田さんつながりでコメントをいただいた方のブログを訪問してみたら、この本の中で私が読み飛ばしていた「孤独と寂しさの違い」に関するコラム「孤独という身体の教養」について書かれていた。

これは多分、東京に帰ってきてからここ数年にわたる私の課題なのだろうとおもう。孤独の中でやってくる寂しさを堪えきれず、時々に中途半端に妥協してしまった結果が今のわたしに降りかかってきている。

まだ何か書けるほど、深堀りできていないのでこのあたりでやめておくが、映画『シェルタリング・スカイ』を見てから、又は見る前あたりからずっと、思考がこのあたりを彷徨っている。

山田さんがこのコラムの中ほどに書かれていた文章を読んで、『シェルタリング・スカイ』の中の主人公が最後、老人に語りかけられて微笑んでいるように見えるのが何故なのか、が分かったような気がした。

「孤独な人は、自分の考えや存在を充分に見つめる。だから、もう他者に自分の影を探す必要はない。結果、自分とは違う「他者」を心から求める。だから孤独の底は他者とつながっている。そこに希望がある」

           (『17歳は2回くる』山田ズーニー著)








2006⁄06⁄25(Sun) 23:56   散歩 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
年齢。


10歳前後年下の人と仕事をすることが、ごく日常になった。
いざ年齢を聞いてみると、見た目より意外に若かったりする。

経験はミスを防ぐのに役立つことは多いが、経験という曇りガラスを通さない素朴な目線が新たな価値を生み出すには貴重である。

年齢や外見にとらわれず、貴重なものを貴重と評価できる器の大きさがほしい。

そして、年齢を経るごとに感性は透き通っていく、そんな人になりたいと思う。


年齢について考えさせられる有名な詩を。



 青春とは、人生のある時期ではなく、
 心の持ちかたを言う。
 薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく、
 たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
 青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

 青春とは臆病さを退ける勇気、
 安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
 ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。
 年を重ねただけでは、人は老いない。
 理想を失うときに初めて老いる。
 歳月は皮膚にしわを増すが、情熱を失えば心はしぼむ。
 苦悩、恐怖、失望により気力は地に這い精神は、芥になる。

 六十歳であろうと十六歳であろうと人の胸には、
 驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、
 人生への興味の歓喜がある。
 君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
 人から神から美、喜び、勇気、力の
 霊感を受ける限り君は若い。



(サミュエル・ウルマン 「青年」より引用)






2006⁄06⁄25(Sun) 13:57   言葉の宝箱 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
散歩道(外苑前〜原宿)


陽のあるうちに仕事が終わったので、久々に、お気に入りの散歩道をぶらりと歩く。
外苑前から原宿に抜けるまでの、住宅街にポツリポツリとある小さな店を眺めるのが好きなのだ。

住宅街に入る前に、ワタリウム美術館に寄る。
『さよなら、ナム・ジュン・パイク展』を開催中である。
アート初心者の私には初めて聞く名前である。

いつもは1階の文具コーナーを回って出るだけなのだが、何か気になって、4階からの展示を見ていくことにした。
チケットは、会期中何度見ても1000円というお買い得(?)。
モチーフにはテレビが多く使われていて、どうやら、パイクさんの作品群は、ビデオ・アートと呼ばれているらしい。

面白いなと思ったのは、本物の木に生っているように配置されているテレビと、そこに映っている画像。デジタルなのにあたたかみがある。吹き抜けの階上から見下ろしてみても面白い。

実物は展示されていなかったのだが、テレビの中に、灯したキャンドルがゆらめいている『キャンドルTV』

おもちゃ箱をひっくり返したような、楽しくあたたかな空間で、じっくり長居する人も多いようだ。
土曜とあって少々混みあっていたので、また平日にでも来ようか、などと思う。

地下1階に下りると、写真集が見上げるほどの高い棚にずらりと並ぶ。
色使い、罫線、紙の手触りが微妙に異なる手綴じノートの展示もある。少々お高いが、なんともいえない味わい。
買おうと思ったところが、手持ち残金すでに3桁(笑)。

やっぱりまた来よう、と考えながら出口で振り返ると、ポスターの中で、パイクさんが笑っている。
素敵な笑顔である。



原宿には、廃校した小学校を改築した老人ホームがある。
内装はどうなっているのだろう、と、いつも興味津々に眺めながら通る。
デザイナーさんの事務所や、家具店もある。

原宿駅前の喧騒にたどりついてしまうまでの、とろりとした上品で穏やかな雰囲気が大好きだ。

若者でごったがえす駅前をなんとかくぐりぬけて、これまた大混雑の山手線に乗る。
大きなコントラバスを大切そうに抱えた長身の男性が隣に窮屈そうに立っている。

東京には、いろんな人がいる。






ジャンル:ブログ テーマ:ブログ日記

2006⁄06⁄24(Sat) 20:31   散歩 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
表現する責任。


少し、へこんでいた。
自分の思慮の浅さと軽率さに。
昼ごはんを食べて、書店に行くと、山田ズーニーさんの本が目に止まった。

おとなの小論文教室2『理解という名の愛がほしい』

最初のページをめくって驚く。
私が今まさにへこんでいた原因、そしてそれを乗り越えた山田さんのコラムが目に飛び込んできたからだ。

題名は、『連鎖』。
ほぼ日刊イトイ新聞のコラムを集めた本だから、もしやと思ったら、さすが、バックナンバーも掲載されている。
こちらから、ぜひ、読んでみてほしい。


人はいろんな言葉を吐く。
鈍感な私でも、人の悪意を感じることはある。

確かに、悪意は連鎖する、と思う。

もし、私に悪意を投げかける人があったとしても、その人も、元はといえば、誰かから悪意を受けた「弱い人」に違いない。
そして、もしかしたら、悪意を与えたのは、私だったかもしれない。
私などは、短慮極まりない人間の典型だから、消せない一言を悔やむことがどれだけあるか分からない。
そう思えば、投げかけられた悪意の連鎖は、私で、止めなければならない、と思う。


山田さんは書いていた。

「自分がコツコツとコラムを書き続けること。そのこと自体、人によっては攻撃ととらえる人もいる。いや、ある人が必死で自分を生きている。そのことだけで、すでに攻撃と感じる人はいる。
 生きているだけで、すでに攻撃。表現する以上、覚悟をしなければ。」


山田さんのように耐性はあるつもりだ。
同情も、心配も、されるのは大嫌い。
けれど、そんなに強い人間ではない。意外に脆い、と感じることはある。
微弱な悪意にも反応してしまうのだ。


でも、私は、私を表現して生きていきたい。


だからこそ、表現した上で起きてくる全ての責任は、私が取らなくては。
悪意の連鎖を断ち、善意の連鎖を生み出すという責任を。


そう、山田さんが言うところの、


「たったいま、自分の出す、この言葉から。」





あなたとの出会いを糧にして、私は、もっと、大きくなりたい。

まだまだ未熟ですが、どうか、私のこれからの成長を見守ってやってください。







2006⁄06⁄23(Fri) 20:39   基本的な考え方 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top
ラストシーンが後をひきます。


すごい映画を見てしまいました。
ベルナルド・ベルトルッチ監督の『シェルタリング・スカイ』。

途中で既視感を覚えたので、おそらく前に見たことがあったに違いないけれど、その時は多分、何も感じられなかったんだろうと思います。
前向きなテンションの時には見られないだろうな。

この映画を見たきっかけは、こないだ買った坂本龍一の『UF』
という映画音楽を集めたCDを聴いたせい。
この『シェルタリング・スカイ』のテーマ曲が、
聞いているだけで涙が出てくるような、すごい曲だったから。

当然ながら、どんな映画だっけ?、という流れになり、


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2006⁄06⁄23(Fri) 01:25   映画・DVD・映像 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
風邪。


矛盾について。
「絶対死にたくない人間が、絶対死ななければならない、
これが人類最大の矛盾だ」
昔読んだ本に書いてあったことを思い出しました。

ぼんやり寝ていると、いろんなことを考えます。





2006⁄06⁄20(Tue) 01:21   未分類 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
ボレロっぽい曲。


昨日あたりから、ラヴェルの『ボレロ』が頭を回っていました。
きっかけは、『ファム・ファタール』の映画音楽。
確か、坂本龍一が、ボレロっぽい曲を作ったんでしたよね。


最近では「ボレロ」「ラヴェル」「映画」で検索して
出てくるのって、『交渉人 真下正義』なんですね。

たしかに、そういえば。。。
ああいう単純な映画も、けっこう好きですが(笑)


で、坂本龍一のボレロっぽい音楽、ってどんな感じだったっけ?


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2006⁄06⁄19(Mon) 01:20   音楽 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
なんとなく、似ている。


昨日仕入れた本を2冊読みました。

『デザインのたくらみ』坂井直樹 
『眼の冒険』松田行正

読んだ、というより、見た、といったほうが正しいのかもしれません。
どちらも、イラストや写真が豊富です。
殆ど知識がない世界の話なので、
ひたすら、ほー。ふーん。へー。といった感じで楽しく読み進めました。


面白かったのは、『眼の冒険』の松田さんが
「似ている」ことに関心を持った、という冒頭のくだり。

ブロードウェイの市街図は、平城京、平安京と似ているが、
更に、チェスや将棋のゲーム中の軌跡図、コンピュータの集積回路、
曼荼羅図、交通の流れ図、パウル・クレーの正方形、明代の印章その他に似ている、、、
と、写真入りで解説されてしまうと、これは、たまらなく面白い。

「眼を細めれば視界の輪郭は弱まる。涙を流せば風景は完全に歪み、特徴だけが際立ってくる。この方法で二つのものを比較すると自ずと似ている点が浮上してくる」

人間の発想の原点に「似ていること」が大きく作用している、というのは
ユングの「アーキタイプ説」によるのだそうですが、

(これは調査したけれどよく分かりませんでした。どういう説なのか
ご存知の方がいらしたら、是非教えてくださいませ)

人間の脳には原型としての丸とか正方形がすでに強く刷り込まれていて、
人間が作るものというのは自然とそういう形が織り込まれている、という
ような説のようです。


とにかく、そんな目つき(?)で、いろんなものを眺めてみると、
「あ、これって、なんとなく似てる」なんて共通項を見出して、
やさしい気持ちになれるかもしれないな、と思ったりもするのです。








2006⁄06⁄18(Sun) 01:16   読書 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
自分は、これからが面白い。


題名に惹かれて手に取った。
序文を読んでいて、涙がこぼれそうになって、
あわてて本を閉じ、急いでレジに向かった。

それが、『17歳は2回くる』(山田ズーニー著)だった。

「悩みは可能性だ。
 悩んでいいんだ。ぐらぐらしていいんだ。
 未来にふり幅があるときほど、いまは、悩んでいるんじゃないか。
 生きるのが重くてつぶされそうなのは、チャンスが自分の上にのっかってるからなんだ。」


レジで必死で涙をこらえている自分を、もう一人の自分が眺めて、
「あんた、そんなに悩んでたの?知らなかったよ」と言っている。


山田さんは、「人生でもっともつらいときに」この本を書いた、という。

つらいとき、私は、思わず知らず、自分を鼓舞するような言葉を吐く。
実際とは裏腹な強気な発言で、自らを引っ張りあげようとする。
それは空振りになったり、力が入りすぎてコケたりもして、けっこうキツイことだってある。

そんなときだったから、必死にもがき、あがいている、この本に出てくる人たちの言葉が妙に沁みたのかもしれない。

【自分は、これからが面白い。】の続きを読む...





2006⁄06⁄17(Sat) 01:14   読書 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
手づくりの愛嬌。


なんでも手づくりがいい、というほど時間も根性もないけれど、
手づくりのものには、どこかしら愛嬌がある、と思う。

少し前、駅から家までの間に一軒の居酒屋さんができた。
この居酒屋さんは、若者有志二人で立ち上げたのだろうと思われる
こじんまりしたカウンター席だけの店で、最大収容人数は、8人ぐらい。

居酒屋に入る習慣がないので、いつも表から店の明りと
黒板に書いたお品書きを眺めて通り過ぎるだけなのだが、
真っ暗な車道沿いの道に橙色の光を見ると、
おかえり、と出迎えてくれているようで、なんだか嬉しい。

店が出来上がるまでの過程も、やはり通りすがりに眺めてきた。
藁葺き風の屋根や木の風合いを生かした内装が徐々に形を成し、
出来上がった店に、なんとか人が入るようになって、
経営が軌道に乗ってきたような様子を見ると、
我が子の成長を見るような親しみを感じる。

つまりは、手づくりには時間がかかり、時間経過ととともに
完成に近づくまでのプロセスが楽しめるから、その間に愛着が湧く、
ということかもしれない。

当初バラバラだった材料が、やがて集積し、進化し、成長していく過程こそ、とても貴重なものに違いない。

この店の話だけではなくて、志ある人の一生懸命な姿を見るのは楽しい。
そういう人たちは、ある種のオーラというか、光彩を放っていて、見た者に勇気を与えてくれる。
泥臭いながらも高みを目指す真摯な生きざまが、「手づくり」の愛嬌に通じるような気がする。


まっすぐに、がんばってほしいな。
わたしもがんばるね。


そんなことを、ある時は近く、そしてある時は遠く、
通りすがりに眺めながら、思ったりする。





2006⁄06⁄16(Fri) 01:13   風景 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
声の大きさは、生き方の大きさ?


まだ読んでいる途中だけれど、セブン&アイ生活研究所 代表取締役の藤巻さんの『藤巻幸夫のつかみ。』の冒頭部には、こんなことが書いてあった。


「声の大きさは、生き方の大きさにつながる」

藤巻さんは、声が大きいそうだ。
声が大きいのはいいことだ、と思う。
声の大きい人は、人に聞こえて悪いことは言わないんじゃないか、とわたしは思っている。
そして、内から発するパワーの大きさと、声の大きさは、きっと関係がある。


「会話の真ん中に、アイ、アムがある」

まず、私はどう思っているか、をストレートに、素直に伝えること。
借りものの言葉からは伝わるものは少ない。
自分は、どう思うのか、を直球で、伝える。

『釣りバカ日誌』のハマちゃんのプロポーズの言葉を例に挙げられていましたが、確かに、これは、いい台詞です。ぐっときますね。

え、どんな台詞かって?
ま、それは、この本を買って読んでみてはいかがでしょう(笑)


「有名な評論家が何を言おうと、あくまで自問する。稚拙でもいいから問題に対する自分なりの答えを導き出す訓練をする。そのためには本も読む。」

自分の価値基準を常に問うていく。
借りものではない、自分の言葉を発する。
自分の気づきを蓄積していく。

そう、このブログも、まことに稚拙ながらも、「わたしの言葉、わたしの答え」を紡ぎ出すための、修練の場である。







2006⁄06⁄15(Thu) 01:10   読書 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
自分を笑え。


昨日徘徊していたサイトの周辺で見つけた記事に
誰にでも道化の要素はあり、それを増幅させてやれば
笑いを生み出すことができるが、
「自分を笑うのは最も難しい」とあった。

一晩明けた今朝になって、その言葉をふと
思い出した。


確かに、人を笑うのは簡単だが、
自分を笑う、のは難しい…かもしれない。

最近の自分の言動で笑えるものは
何だろう、と考えながら、ぼんやりと道を歩いていた。


すると、突然、上方から未確認物体の落下とともに
微小の飛沫が発生し、私は驚きとともに横に飛びすさった。

見上げると、鳩である。
ぬぬ、不覚。

幸い身体にはつかなかったものの、
眼鏡に少量の水滴が付着した。


まったく朝から何てこと。
(鳩め…、と上方を睨むが鳩に反省の色なし)


前方を見ると、道の向こうからやってくる人の
顔が少しゆがんでいるのに気がついた。
笑いをこらえているのだ。


その時、気がついた。
あ、これか。
これを笑うんだ。


自分にとっての災難は、他人にとっては
ちょっとおかしな「笑いのタネ」なのだ。

自分にとっては「災難」である事象を、
他人の目になって、客観視して、自分の感情を度外視して、
笑う。

だから、難しいんだ。


朝から凄い大発見をしたような気分になって
急ぎ足で家に戻る。


そういえば、以前のNHK『プロフェッショナル』で
科学者の古澤さんは「失敗を楽しめ」と、
テストドライバーの加藤さんは
「修羅場でこそ笑え」と言われていた。


失敗を客観視せよ。
修羅場で冷静になれ。

それが、「自分を笑う」ってことなんだ。



そうか、自分を笑ってしまえ。
それでこそプロなんだ。






2006⁄06⁄14(Wed) 22:21   基本的な考え方 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
ケアリングクラウンについて。


『パッチ・アダムズ』という実話に基づく有名な映画がある。
笑いを医療に取り入れ、医師自らが鼻に赤い球体をつけて
道化を演じ、多くの人に笑いという幸せを与える活動をしている
実在の人物のお話である。

実際のところ、末期の患者にとって笑いは救いだし、
笑うことによって、症状が改善する例もあるらしい。
医療・介護だけでなく、被災地を訪問する活動も
展開している様子である。

発祥はアメリカだが、日本にもその精神を継承する
「ケアリングクラウン」その他の名称の
福祉を目的とする道化師(クラウン)が誕生しているらしい。

たまたま昨夜遅く、そういった内容のサイトにたどり着いて、
しばしそのあたりを徘徊していた。

約4年前の一時期、高齢者福祉を志したものの、
体力が続かず職業として続けることを断念した私ではあるが、
社会において、福祉上、何らかのお役に立てればと思う気持ちはある。

古い記憶を思い返せば、
老人ホームで求められているのは、
肉体的な介護とともに、精神的な癒しである。

ヨーロッパでは、クラウンの病室訪問等は既に定着している
ようだが、日本ではあまり聞いたことがない。

もし、老いて家族と隔離された人々が、道化の訪問によって
生活に笑いを取り戻すことができるとすれば、
それは素晴らしいことではないか、と思う。


まあ、自分に道化師というような高度な演技ができるとは
全く思ってはいないのだが。。。
その周辺で、何かお役に立てればいいなと
思わないでもない。。。
ということで、とりあえず情報収集を続けてみることにした。


自分の向かうべき方向性を模索している人間にとっては
すべての可能性は、とりあえず一度検討してみるべき課題なのだ。










2006⁄06⁄14(Wed) 01:09   未分類 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
アンリ・カルティエ・ブレッソンに「ひと目惚れ」。


これはもう、運命に違いありません。
どうしてもこれは見なければならない、と思ったのです。

『アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶』

今、渋谷で公開されているドキュメンタリー映画です。
20世紀最大の報道写真家といわれる彼を、
寡聞にして私は今まで知りませんでした。

なにしろ写真集というものを本屋さんで
意識的に見るようになったのは、
ここ数ヶ月程度のことなので、
お恥ずかしいことに全く知識がないのです。

そんな私が、この映画を見に行ってしまったのは、
ひとえに、予告編のせいでした。

ブレッソン氏が自ら撮った写真を胸の前に掲げて微笑む姿に
「ひとめ惚れ」した、つまりは、ただそれだけです。

撮影当時、すでに93歳だったかと思うのですが(笑)
わたしは、おじいさまに弱いのです。

静かなピアノ曲が流れる中で、
本人や友人たちが氏の写真を提示しながら
語る映像が連続します。

素人の私でも、構図の妙に息をのみます。
迫力あるポートレートはどれも魅力的です。

結局、写真集がほしくなってしまって、book1stで購入。
フランス語で書かれていて、何がなんだかさっぱり、
なのですが、写真が見られればよいかと思い、奮発しました。

学生時代、第二外国語のフランス語を
もっと真面目に勉強しておけばよかったと思ったのも、
8000円もする写真集を買ったのも、
今日が生まれて初めてです(笑)



しかし書店に数多並んでいる写真集と見比べてみても、
やはり、訴えてくる力の強さが違います。

写真集をもう一度開きながら、あらためて、

「どうしてこんな写真が撮れるんだろう」

とため息が漏れてくるような、
まさしく「決定的瞬間」の数々、なのです。

できれば、もう一度、映画を見たいなと思います。
素敵なので、ポスターも買ってしまいました。

惚れっぽい私ではありますが、
これはかなりの「惚れちゃったモード」です。
唯一残念なのは、相手が故人なこと、かな…(笑)







2006⁄06⁄13(Tue) 01:08   アート・デザイン・建築・空間・写真 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
号泣したい方へ。


昨日の夜中に見ていたアニメ映画
『あらしのよるに』。

これは、、、
原作の絵本を全巻買って、号泣しながら読みました。
内容がいいですから、当然、映画もいいです。


若干、原作と映画ではラストが異なるようですが、
映画は主に子供さんが見るでしょうから、
これでいいのかもしれません。




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2006⁄06⁄12(Mon) 01:04   映画・DVD・映像 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
雲。


新宿からの帰りしな夜空を見上げると、
雨上がりの薄闇の中に浮き上がる雲の輪郭。

ふわりふわり、あの雲のごとく
流れていけたらいいな、と時におもったりもする。

雲といえば、忘れられないのはこの映画。

『雲』

最初に見かけたのは、恵比寿の写真美術館。
忘れられなくて、DVDも買ってしまった。


母から息子への温かいまなざしとともに、
心打たれる雲の風景が、あります。





2006⁄06⁄06(Tue) 01:02   映画・DVD・映像 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
丸善で目の保養。


友人、というのはすでにおそれ多く、
学部は違うけど、一応、大学の同窓です…としか言えないぐらい
「すごい人」になってしまった、
鮒谷 周史さんの本が出来上がったとのこと。

丸善には並んでいるらしい、という話でしたので、
出かけたついでに寄ってきました。

ありました、ありました。
可愛い白地に赤の装丁です。

題名は『仕事は、かけ算。』

メルマガと同じ『平成・進化論。』という
題名だろうと勝手に信じ込んでいたのですが、
違いました(笑)




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2006⁄06⁄05(Mon) 00:58   未分類 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
汝の時間を知れ。


『8月のクリスマス』
死期を宣告された写真屋さんの話です。

「ぼくはもう、人を好きになることはないだろう」
と始まります。

自分の肉体の(たとえばそれがあるパーツであったとしても)
消費期限を知ると、誰かを多少なりとも束縛するであろうことを避けて通ろうとする気持ちが出てきます。

自分とかかわることで、将来的に迷惑がかかるであろう人を
極力減らそうとする、そういう気持ちは、分かるような気がします。




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2006⁄06⁄04(Sun) 00:55   映画・DVD・映像 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
新宿で、またまた映画2本はしご。


『ナイロビの蜂』

これは予想以上。
当たり。お勧め。

内容も、
風景も、
ラブストーリーとしても。

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2006⁄06⁄03(Sat) 00:50   映画・DVD・映像 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
可愛いチラシ。


会社の同僚さんに、劇団公演の告知チラシを
いただきました。
可愛いチラシの真ん中に題名が書いてあります。

「友霊」

ゆうれい、と口に出して読めるまでに
10秒ぐらいかかりました(笑)



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2006⁄06⁄01(Thu) 00:47   未分類 | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top

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