1月分給料の3分の1額相当の未納保険料と税金を払ったら途端にビンボーになってしまった。
昨夜のやけワインのせいで今朝は1時間遅刻となる。
週中の遅刻は気持ちいい。電車だって空いている。
こんなに余剰資金がない中、3月から派遣先を変える話をつける。
一抹の不安。
まあ、なるようになるだろう。
昨夜のやけワインのせいで今朝は1時間遅刻となる。
週中の遅刻は気持ちいい。電車だって空いている。
こんなに余剰資金がない中、3月から派遣先を変える話をつける。
一抹の不安。
まあ、なるようになるだろう。
昼間の会社で気にいっているのは、たまに業界に関連する論文を全社メールで配信してくれることで、昨日は「もやもや病」に関する論文だった。5月病の親戚みたいな病名だが実際は違っていて、ある脳血管の血流が弱くなることによって、周りに微細な血管が沢山発生して、造影するともやもやして見えるからmoyamoya diseaseと命名されたらしい。
ついでだけれど医学系の論文は研究の手法に特段の新奇性がないせいか、語句の類推もしやすく英語でも読みやすい。
気になるのは「もやもや」である。
moyamoyaと英語で書いて「もやもや」という語感が外国人にも伝わっていそうなことに対するちょっとした違和感である。
命名したのは日本人だそうだが、たとえば学会での発表のときに外国人に「もやもや」と言って一発で伝わったんだろうかというようなことが、なぜか気になるので一応書いておく。
ほか100%acuracyinautomaticrecognition(science)とポールオースターの推理小説を30ページほど読む。
これだけ入力するのに20分ぐらいかかる。携帯はかったるい。
ついでだけれど医学系の論文は研究の手法に特段の新奇性がないせいか、語句の類推もしやすく英語でも読みやすい。
気になるのは「もやもや」である。
moyamoyaと英語で書いて「もやもや」という語感が外国人にも伝わっていそうなことに対するちょっとした違和感である。
命名したのは日本人だそうだが、たとえば学会での発表のときに外国人に「もやもや」と言って一発で伝わったんだろうかというようなことが、なぜか気になるので一応書いておく。
ほか100%acuracyinautomaticrecognition(science)とポールオースターの推理小説を30ページほど読む。
これだけ入力するのに20分ぐらいかかる。携帯はかったるい。
自宅にPCがないと英語を聞く量が減る。ipodはまだ買ったばかりだったしpodcastには『アリスの不思議な国』しか入れていなかったから、繰り返しそればかり聞いているけれど
いい加減飽きてきた。
なりゆきでテレビを見る時間が増える。
日曜フォーラムを見る。木の実さんが夜に星空を眺めながらベランダに置いたブランコに揺られるという話を聞いて、自分もブランコが欲しくなる。
英語でしゃべらナイトで見た、最近大学院に通い始めたという女優の秋吉さんの姿が、ここ2、3日よくフラッシュバックする。
お金が貯まったら、いつか行けるように勉強だけはしておこうと最近は思っている。
1対1で話していると「おまえは人の話を聞いてない」と指摘されることが多い(本人は聞いているつもりなのだが)。でも見ず知らずの他人の会話を聞くのは音楽を聞くようで面白い。
そのせいなのか、今日ツタヤで借りていま見ているのは「カンバセーションズ」というDVDである。
これが終わったらモンティパイソンを見る。
やっと給料が入ったと思ったら、未納だったのを忘れていた国保の請求が3ヶ月分まとめて来て、死刑宣告のように落ちこんだ。
やけになったわけではないが、売れる本を3分の1ほど詰めて古本屋を2往復したら1万円になって、約1ヶ月弱分のリカバリー。それはそれでつかの間の喜び。
悪いことの前に良いことが来ると思うのがoptimiousbiasのかかった脳機能の正常な状態なんだよなあと思いつつ夜も更けゆく。
ブランコはないけれど、未来の幸せに想いを馳せてみる。
いい加減飽きてきた。
なりゆきでテレビを見る時間が増える。
日曜フォーラムを見る。木の実さんが夜に星空を眺めながらベランダに置いたブランコに揺られるという話を聞いて、自分もブランコが欲しくなる。
英語でしゃべらナイトで見た、最近大学院に通い始めたという女優の秋吉さんの姿が、ここ2、3日よくフラッシュバックする。
お金が貯まったら、いつか行けるように勉強だけはしておこうと最近は思っている。
1対1で話していると「おまえは人の話を聞いてない」と指摘されることが多い(本人は聞いているつもりなのだが)。でも見ず知らずの他人の会話を聞くのは音楽を聞くようで面白い。
そのせいなのか、今日ツタヤで借りていま見ているのは「カンバセーションズ」というDVDである。
これが終わったらモンティパイソンを見る。
やっと給料が入ったと思ったら、未納だったのを忘れていた国保の請求が3ヶ月分まとめて来て、死刑宣告のように落ちこんだ。
やけになったわけではないが、売れる本を3分の1ほど詰めて古本屋を2往復したら1万円になって、約1ヶ月弱分のリカバリー。それはそれでつかの間の喜び。
悪いことの前に良いことが来ると思うのがoptimiousbiasのかかった脳機能の正常な状態なんだよなあと思いつつ夜も更けゆく。
ブランコはないけれど、未来の幸せに想いを馳せてみる。
新宿。
紀伊國屋とジュンク堂に行く。
意外にも動詞を集めた英英辞典と英語表現の本が面白くて3時間ぐらい立ち読み。
ジェームス・ジョイスと英文ライティング系のペーパーバック、New Scientistを購入。
まだ英文は目から直接理解されず、知らぬ間に頭の中で音読しているから、周囲から音楽や日本語会話など注意をひく音が聞こえると、頭の中の音読が妨害されて途端にスピードが落ちる。
赤ちゃんが物事を習得していくプロセスを描いたドキュメンタリーを思い出す。習得の前には、一時的に能力の減退とも見える静かな停滞がある。
きっと大人も同じだろう。
がんばれ。
紀伊國屋とジュンク堂に行く。
意外にも動詞を集めた英英辞典と英語表現の本が面白くて3時間ぐらい立ち読み。
ジェームス・ジョイスと英文ライティング系のペーパーバック、New Scientistを購入。
まだ英文は目から直接理解されず、知らぬ間に頭の中で音読しているから、周囲から音楽や日本語会話など注意をひく音が聞こえると、頭の中の音読が妨害されて途端にスピードが落ちる。
赤ちゃんが物事を習得していくプロセスを描いたドキュメンタリーを思い出す。習得の前には、一時的に能力の減退とも見える静かな停滞がある。
きっと大人も同じだろう。
がんばれ。
久しぶりに昼間の仕事も忙しく、
みっちり働いて7時間半労働で切り上げた。
帰宅。
ブルーベリーワイン(ホット)には、シナモンを入れると美味しい。
既にご機嫌(^-^)
眠いなり。
みっちり働いて7時間半労働で切り上げた。
帰宅。
ブルーベリーワイン(ホット)には、シナモンを入れると美味しい。
既にご機嫌(^-^)
眠いなり。
どうにも疲れてしまって、
アルコール断ちに挫折。
ついスーパーで
ブルーベリーワイン(ホット用)とチョコに手を出してしまった。
ああおいし。
今日の英語
ハリポタと前に読んだ論文の復習。
あと1日。
がんばれ。
アルコール断ちに挫折。
ついスーパーで
ブルーベリーワイン(ホット用)とチョコに手を出してしまった。
ああおいし。
今日の英語
ハリポタと前に読んだ論文の復習。
あと1日。
がんばれ。
えーと、
携帯メールでブログ投稿を試みていますが
なんらかの事情によりうまく更新できません。
原因が分かったら、また更新しますね。
携帯メールでブログ投稿を試みていますが
なんらかの事情によりうまく更新できません。
原因が分かったら、また更新しますね。
昨日読んだ洋書
アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』
さすがクリスティ女史。全員死ぬまでやめられない止まらない(笑)
1日で315ページは新記録。(でも昨日は会社休んでたけど、、)
TOEIC600点レベルと書いてあったけど読みやすかった。
すみません、コメント欄に書き込めないのでこちらで。
さんださん、お久しぶり。私は元気です。ちょっと風邪ひいてるかな(-_-#)
でも回復傾向にあります。
アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』
さすがクリスティ女史。全員死ぬまでやめられない止まらない(笑)
1日で315ページは新記録。(でも昨日は会社休んでたけど、、)
TOEIC600点レベルと書いてあったけど読みやすかった。
すみません、コメント欄に書き込めないのでこちらで。
さんださん、お久しぶり。私は元気です。ちょっと風邪ひいてるかな(-_-#)
でも回復傾向にあります。
図書館には珍しい(というか、自発的には絶対に探しそうにない)資料があるもので、ふらふらと視聴覚資料の書架を歩いていたら『大江健三郎の文学再入門』というビデオを見つけた。
再入門、と言われたって、入門すらしたことがないのじゃないかとも思えるが。
実家にあった世界文学全集は父が古本屋で買ったらしく、「読め!」とばかりに私の部屋の書棚に置かれていたが、例によって多くの翻訳者と「合わな」かった私は、100冊のうち数冊にしか目を通さなかった。
一人娘にいくばくかの夢を託したかったであろう父には悪いことをした。
父は大江健三郎が好きで、父の本棚には著作がズラリと並んでいた。
留守に手に取ったこともあったが良く分からなかった。
かわりに隣にあった井上ひさしは高校の頃によく読んだ。
「分かった」記憶より「分からなかった」記憶のほうが鮮明で、大江健三郎は今でも私の未解決領域に位置する。
去年東大で大江さんの講演があって、聞きに行った。
例によって内容は忘れてしまったが、何か感動したことがあってブログにも書いた。
(普段ならこう書く前に過去記事を検索するのだが、そろそろ手も疲れたのでやめておく)
講演での語り口にも親しみを持ったことはよく覚えている。
ビデオ『文学再入門』の中では、大江さん自身の作品の朗読も挿入されていて、罪と罰、暗夜行路と合わせて論じられていて面白い。
11巻あるから、今後ボチボチ借りて見てみよう。
さて、今日はハリポタを読んでいた。
映画で概要を知っているから、知らない語句の意味を類推するという作業に意外にもはまってしまったらしい。
大江さんは講義の初めにあたり、再入門の意味について2人の人のエピソードを挙げて話をされていた。一人は『涙を流す人の楡の木』(たぶんそんな題名、、)という作品に出てくる外交官の友人で、もう一人は大江さんのご子息が通われていた施設でよく会った普通のお母さん。若い時に読んで感動した本を、経験を経た今、死ぬ前にもう一度読み直したいと言われていたそうだ。講義の時点で既にお二人とも故人でいらしたらしいけれど、そのエピソードが何となく気持ちの中に残っている。
私の洋書読みプロジェクトは「パンダ読み」であって「再入門」などという高尚なものであるはずもないが、記憶の彼方を探りながら本を読むことに楽しみを覚えつつあることは確かである。
再入門、と言われたって、入門すらしたことがないのじゃないかとも思えるが。
実家にあった世界文学全集は父が古本屋で買ったらしく、「読め!」とばかりに私の部屋の書棚に置かれていたが、例によって多くの翻訳者と「合わな」かった私は、100冊のうち数冊にしか目を通さなかった。
一人娘にいくばくかの夢を託したかったであろう父には悪いことをした。
父は大江健三郎が好きで、父の本棚には著作がズラリと並んでいた。
留守に手に取ったこともあったが良く分からなかった。
かわりに隣にあった井上ひさしは高校の頃によく読んだ。
「分かった」記憶より「分からなかった」記憶のほうが鮮明で、大江健三郎は今でも私の未解決領域に位置する。
去年東大で大江さんの講演があって、聞きに行った。
例によって内容は忘れてしまったが、何か感動したことがあってブログにも書いた。
(普段ならこう書く前に過去記事を検索するのだが、そろそろ手も疲れたのでやめておく)
講演での語り口にも親しみを持ったことはよく覚えている。
ビデオ『文学再入門』の中では、大江さん自身の作品の朗読も挿入されていて、罪と罰、暗夜行路と合わせて論じられていて面白い。
11巻あるから、今後ボチボチ借りて見てみよう。
さて、今日はハリポタを読んでいた。
映画で概要を知っているから、知らない語句の意味を類推するという作業に意外にもはまってしまったらしい。
大江さんは講義の初めにあたり、再入門の意味について2人の人のエピソードを挙げて話をされていた。一人は『涙を流す人の楡の木』(たぶんそんな題名、、)という作品に出てくる外交官の友人で、もう一人は大江さんのご子息が通われていた施設でよく会った普通のお母さん。若い時に読んで感動した本を、経験を経た今、死ぬ前にもう一度読み直したいと言われていたそうだ。講義の時点で既にお二人とも故人でいらしたらしいけれど、そのエピソードが何となく気持ちの中に残っている。
私の洋書読みプロジェクトは「パンダ読み」であって「再入門」などという高尚なものであるはずもないが、記憶の彼方を探りながら本を読むことに楽しみを覚えつつあることは確かである。
暖房のリモコンが故障していて、ある一定以上の昇温ができない。修理するのも面倒でそのままにしてあるが普段は別段不便を感じなかった。でも今日は寒い。こころなしか頭痛もする。自然とお布団に潜ることになる。時に覚醒しては武満徹氏の対談の続きを読み、CDを聞きDVDを見る。
夜6時を過ぎて新宿に出る。頂きもののギフト券で橋本治の『小林秀雄の恵み』を買う。橋本治は初めて読む。本にさえも人見知り(?)が激しいせいで、出だしの文章で相性が合わないと買う気になれないのだが、これは合いそうだ。
5月半ばまで読んだ『ブリジット』は今日で読むのを止めることにした。彼女は私が健康のために断っている食べ物ばかり食べていて、精神衛生上悪い。よく見たら、表紙にも「あなたの健康を害するおそれがあります」と書いてある。
明日からの車中パンダ読みのために、ハリポタとクリスティの『そして誰もいなくなった』を購入した。
夜6時を過ぎて新宿に出る。頂きもののギフト券で橋本治の『小林秀雄の恵み』を買う。橋本治は初めて読む。本にさえも人見知り(?)が激しいせいで、出だしの文章で相性が合わないと買う気になれないのだが、これは合いそうだ。
5月半ばまで読んだ『ブリジット』は今日で読むのを止めることにした。彼女は私が健康のために断っている食べ物ばかり食べていて、精神衛生上悪い。よく見たら、表紙にも「あなたの健康を害するおそれがあります」と書いてある。
明日からの車中パンダ読みのために、ハリポタとクリスティの『そして誰もいなくなった』を購入した。
職場近くの書店で立ち読みをしていたら、左のほうに何か気配を感じた。
視線をうつすと、そこにあったのが
『武満徹 対談選』。
琵琶奏者の辻靖剛さんという方との対談が面白い。
武満さんのコメントも素敵だ。
「辻靖剛氏は72歳。私は33歳。ちょうど私は辻さんの子か孫にあたるだろう。でも、辻靖剛氏が1072歳、私が1033歳だとしたら、求めているものが同じだとしてもけっして不思議はないはずだ…」
なるほど、背伸びしても届きそうもない先輩に対するときは、こんな気持ちでいたら良いのかもしれない。
武満さんは、新しく作曲されたものより古くからあるもののほうが気迫、気品ともに遥かに勝っているのが不思議だ、と言っていて、
辻さんはそれは圧倒的な手数から出てくるある種神秘的ものだと語っていた。
それは「自然のなかに飛び込んだ松風の音のようなもの、ああいうような自然の音色が出てくる。要するにそういった一つの線がありましょう」
とか凄いことを淡々と言われている。
そこからまた色々話があったんだけど
そろそろ左手が疲れてきたから止めておく。
昨日の朝、DVDのメニュー画面から流れているオフィスの雑音を「なんか、いいな」と思ってしまったのと武満さんの自然の音という話が自分の中で繋がった。
最近、自分は物事や言葉をどちらかというと意味より音で捉える傾向があるんじゃないか
という気がしているせいで、ちょっと思うところあり。
図書館でネイチャーを読む。ジュウシマツの歌が傍からノイズを入れるとどう変化するかという論文。日本語訳のある要約部分だけで挫折。でも面白い。
とりあえず100本読み終わるまでは文句を言わずに頑張ろう。
さて、これから一度挫折した武満さんのCDに再度トライ。
視線をうつすと、そこにあったのが
『武満徹 対談選』。
琵琶奏者の辻靖剛さんという方との対談が面白い。
武満さんのコメントも素敵だ。
「辻靖剛氏は72歳。私は33歳。ちょうど私は辻さんの子か孫にあたるだろう。でも、辻靖剛氏が1072歳、私が1033歳だとしたら、求めているものが同じだとしてもけっして不思議はないはずだ…」
なるほど、背伸びしても届きそうもない先輩に対するときは、こんな気持ちでいたら良いのかもしれない。
武満さんは、新しく作曲されたものより古くからあるもののほうが気迫、気品ともに遥かに勝っているのが不思議だ、と言っていて、
辻さんはそれは圧倒的な手数から出てくるある種神秘的ものだと語っていた。
それは「自然のなかに飛び込んだ松風の音のようなもの、ああいうような自然の音色が出てくる。要するにそういった一つの線がありましょう」
とか凄いことを淡々と言われている。
そこからまた色々話があったんだけど
そろそろ左手が疲れてきたから止めておく。
昨日の朝、DVDのメニュー画面から流れているオフィスの雑音を「なんか、いいな」と思ってしまったのと武満さんの自然の音という話が自分の中で繋がった。
最近、自分は物事や言葉をどちらかというと意味より音で捉える傾向があるんじゃないか
という気がしているせいで、ちょっと思うところあり。
図書館でネイチャーを読む。ジュウシマツの歌が傍からノイズを入れるとどう変化するかという論文。日本語訳のある要約部分だけで挫折。でも面白い。
とりあえず100本読み終わるまでは文句を言わずに頑張ろう。
さて、これから一度挫折した武満さんのCDに再度トライ。
携帯メールでブログ更新する利点は、無駄に長文化しないことだ(たぶん)
朝カル。The office christmas specialを
久しぶりに見て感涙。
脳の機能は
本来楽観的にできている
という論文。
最低1時間はかけて
辞書をひきひき読んだ記憶があるのに
再読しても
初めて読むのと殆ど同じスピードでしか理解できないのは
自分の学習方法に問題があるとしか思えない。
モノの読み方を向上させる方策を
考えることを課題にする。
自宅にPCがなくなってから、帰宅したあと意外に時間が取れることが判明。
修理に3週間から1ヶ月かかると言われて
(おまけに店員さんが最初間違えて
3週間を3ヶ月と言ったから余計だけど)
呆然としたが、
人間PCなぞなくても生きていけるのだ(笑)
この機に勉強しようっと。
朝カル。The office christmas specialを
久しぶりに見て感涙。
脳の機能は
本来楽観的にできている
という論文。
最低1時間はかけて
辞書をひきひき読んだ記憶があるのに
再読しても
初めて読むのと殆ど同じスピードでしか理解できないのは
自分の学習方法に問題があるとしか思えない。
モノの読み方を向上させる方策を
考えることを課題にする。
自宅にPCがなくなってから、帰宅したあと意外に時間が取れることが判明。
修理に3週間から1ヶ月かかると言われて
(おまけに店員さんが最初間違えて
3週間を3ヶ月と言ったから余計だけど)
呆然としたが、
人間PCなぞなくても生きていけるのだ(笑)
この機に勉強しようっと。
ツタヤでOfficeシーズン1を借りて見た。見ながら幸せな気分で眠ってしまって、目覚めたらDVDのメニュー画面から小さな雑音が流れていた。
夜、気持ちのリセットをするのは大切だと思う。
夜、気持ちのリセットをするのは大切だと思う。
ついにPCが壊れました。
自分の行動で「ああ賢かった」と思うことは
めったにありませんが、
その時たまたま気が向いて
長期保証に入っていたことだけは
自分を褒めてあげたくなります。
3週間から1か月の間、更新が不定期になります。
自分の行動で「ああ賢かった」と思うことは
めったにありませんが、
その時たまたま気が向いて
長期保証に入っていたことだけは
自分を褒めてあげたくなります。
3週間から1か月の間、更新が不定期になります。
英語日記をはじめた。
まだ3日目。
ブログサービスはフォーマットが出来ているから
入力がラクで好きなのだけれど、
拙いとしか言いようのない英語が公開されるのは
恥ずかしすぎる、、、
と思っていたら、
久しく使用していなかったアメブロに
便利な機能を見つけた。
メンバー限定公開、という。
なんかSNSみたい。
わたしの場合、
実質は非公開と同じで本人以外には全く無意味だけれど、
何日続けているかよく見えてよろしいのです。
お気に入りの北斎テンプレートを
この際使いましょう。
http://ameblo.jp/temarinosyosai/
そういうわけで、
いっしょうけんめい英作文していたせいか
(といっても、たった5行ぐらいだけど、、)
日本語の日記をつける意欲が減退(笑)
今日は丸善で立読みしてました。
「ブリジットジョーンズの日記」を購入。
映画は少なくとも7回以上はDVDで見ている。
筋書きはバッチリ頭に入っているので
少々難しい英語が出てきたって
へっちゃらなのさ(笑)
カフェでお茶を飲みながら「1月」の章を読了。
ずっと立っていると疲れるので
カフェでお茶なぞして一服。
休日とあって、1時間ほど居座っている間、
両脇左右の席に3組ほどのカップルが
出入りした。
まじまじと見ていたわけではないけれど、
至近距離にいるせいで、
各チームの雰囲気が伝わってきて
なかなか面白かった。
いろいろ思うところがあったけど
また後日何かまとめる機会があれば。
英語日記をつけようと思い立ったのは
今回が初めてではないのですね。
アメブロの記録を見ていたら
去年の4月にも同じようなことを思っていて。
結局立ち消えになったらしい(笑)
どこかで、
教育とは堂々巡りしている生徒の背中を押して
進ませてやることかもしれない、
というようなことを書いていた人がいた。
堂々巡りからは脱して
せめて螺旋階段のように上方に進みたい。
では、おやすみなさい。
まだ3日目。
ブログサービスはフォーマットが出来ているから
入力がラクで好きなのだけれど、
拙いとしか言いようのない英語が公開されるのは
恥ずかしすぎる、、、
と思っていたら、
久しく使用していなかったアメブロに
便利な機能を見つけた。
メンバー限定公開、という。
なんかSNSみたい。
わたしの場合、
実質は非公開と同じで本人以外には全く無意味だけれど、
何日続けているかよく見えてよろしいのです。
お気に入りの北斎テンプレートを
この際使いましょう。
http://ameblo.jp/temarinosyosai/
そういうわけで、
いっしょうけんめい英作文していたせいか
(といっても、たった5行ぐらいだけど、、)
日本語の日記をつける意欲が減退(笑)
今日は丸善で立読みしてました。
「ブリジットジョーンズの日記」を購入。
映画は少なくとも7回以上はDVDで見ている。
筋書きはバッチリ頭に入っているので
少々難しい英語が出てきたって
へっちゃらなのさ(笑)
カフェでお茶を飲みながら「1月」の章を読了。
ずっと立っていると疲れるので
カフェでお茶なぞして一服。
休日とあって、1時間ほど居座っている間、
両脇左右の席に3組ほどのカップルが
出入りした。
まじまじと見ていたわけではないけれど、
至近距離にいるせいで、
各チームの雰囲気が伝わってきて
なかなか面白かった。
いろいろ思うところがあったけど
また後日何かまとめる機会があれば。
英語日記をつけようと思い立ったのは
今回が初めてではないのですね。
アメブロの記録を見ていたら
去年の4月にも同じようなことを思っていて。
結局立ち消えになったらしい(笑)
どこかで、
教育とは堂々巡りしている生徒の背中を押して
進ませてやることかもしれない、
というようなことを書いていた人がいた。
堂々巡りからは脱して
せめて螺旋階段のように上方に進みたい。
では、おやすみなさい。
江戸東京博物館で開催中の
北斎展を見る。
仮にも日本人のくせに
富岳三十六景の現物を見た記憶がないなんて
我ながら酷いんじゃないかしら
という反省もあり。
案の定、外国人が多かった。
版画も良かったけれど、
気に入ったのは、
海女
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fa20071220a2.html
北斎と海女で検索すると
別の(蛸)が有名のようですが(笑)
私の好きな「神奈川沖浪裏」は、
ドビュッシー「海」の譜面が印刷されたとき
表紙に使われたのだそうで。
それで「海」が聞きたくなった。
ドヴュッシー 海(一部)
http://www.youtube.com/watch?v=mO25PNmF2Kg&feature=related
ちょっと寄り道。
Charles Trenet - La Mer
http://www.youtube.com/watch?v=IJNeFn1INMw
こういうのも良いですね。
海、とくれば水。
水の反映(水に映る影) (Reflets dans l'eau)
http://www.youtube.com/watch?v=LLbpQl1cCl8
ついでにラヴェル「水の戯れ」も。
http://www.youtube.com/watch?v=cumoVX7x3Zo
どちらも着想を得たきっかけは
リスト「エステ荘の噴水」とか。
http://www.youtube.com/watch?v=OeRoOE-bLIk
昨日見たサイエンスZEROの
「アートと科学のフシギな関係」は
面白かった。
複雑系のカオスのシミュレーションを
アートにした人の図形が特に。
コンピュータに数式を入力しておくと、
ある時点で急に思い立ったみたいに
フシギな模様を描き出した。
カオスかあ。
それは外界にあるだけではないわけで。
外で起きているフシギなことは
脳の中でも起こってるわけで。
久しぶりに電子ピアノの電源を入れて
「月の光」を弾いてみる。
電子ピアノは普段の使用頻度が低くて
玄関付近の廊下に出してしまったから、
ドアの隙間から外気が入って、寒い寒い。
コートを着こんで1曲弾いただけで
暖かい部屋に引き返す。
やっぱり音楽は聞いてるのがいい(笑)
あ、テルミンも合いますね。
http://www.youtube.com/watch?v=Xn4TgYkqdi8&feature=related
北斎の波の線は、
見るほどに引き込まれて
別の世界に入ってしまいそう。
ドビュッシーも
この絵を見たんだ、と思うと
不思議な気持ちがする。
一枚の絵を介した
時空を超えたつながり。
私の脳裏に
また一つ「星座」が結ばれた。
北斎展を見る。
仮にも日本人のくせに
富岳三十六景の現物を見た記憶がないなんて
我ながら酷いんじゃないかしら
という反省もあり。
案の定、外国人が多かった。
版画も良かったけれど、
気に入ったのは、
海女
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fa20071220a2.html
北斎と海女で検索すると
別の(蛸)が有名のようですが(笑)
私の好きな「神奈川沖浪裏」は、
ドビュッシー「海」の譜面が印刷されたとき
表紙に使われたのだそうで。
それで「海」が聞きたくなった。
ドヴュッシー 海(一部)
http://www.youtube.com/watch?v=mO25PNmF2Kg&feature=related
ちょっと寄り道。
Charles Trenet - La Mer
http://www.youtube.com/watch?v=IJNeFn1INMw
こういうのも良いですね。
海、とくれば水。
水の反映(水に映る影) (Reflets dans l'eau)
http://www.youtube.com/watch?v=LLbpQl1cCl8
ついでにラヴェル「水の戯れ」も。
http://www.youtube.com/watch?v=cumoVX7x3Zo
どちらも着想を得たきっかけは
リスト「エステ荘の噴水」とか。
http://www.youtube.com/watch?v=OeRoOE-bLIk
昨日見たサイエンスZEROの
「アートと科学のフシギな関係」は
面白かった。
複雑系のカオスのシミュレーションを
アートにした人の図形が特に。
コンピュータに数式を入力しておくと、
ある時点で急に思い立ったみたいに
フシギな模様を描き出した。
カオスかあ。
それは外界にあるだけではないわけで。
外で起きているフシギなことは
脳の中でも起こってるわけで。
久しぶりに電子ピアノの電源を入れて
「月の光」を弾いてみる。
電子ピアノは普段の使用頻度が低くて
玄関付近の廊下に出してしまったから、
ドアの隙間から外気が入って、寒い寒い。
コートを着こんで1曲弾いただけで
暖かい部屋に引き返す。
やっぱり音楽は聞いてるのがいい(笑)
あ、テルミンも合いますね。
http://www.youtube.com/watch?v=Xn4TgYkqdi8&feature=related
北斎の波の線は、
見るほどに引き込まれて
別の世界に入ってしまいそう。
ドビュッシーも
この絵を見たんだ、と思うと
不思議な気持ちがする。
一枚の絵を介した
時空を超えたつながり。
私の脳裏に
また一つ「星座」が結ばれた。
コーヒーが飲めなくなったせいで、
自然と飲み物が紅茶にシフトしはじめた。
ストレートの紅茶が飲めるほど
大人の味覚が発達していない。
ミルクティーでも物足りず、
ロイヤルミルクティーである。
もっと好きなのはチャイラテだけど。
古本屋にDVDを売って
「次回使えます」
と100円券をもらった。
自分の行動習慣がある程度予測できるのは
年の功なのだろうか、
普段古本を買うことなどないので、
もらった瞬間から、
数日も経てばレシートと一緒に
ゴミ箱行きが運命付けられている。
この節約の折、100円を無駄にするまじと
しばらく書棚の間を往復して
やっと決めたのが
林望さんの「イギリスはおいしい」。
「お酒は売れないけどアイスクリームなら売れるから」
と贈りもの用のワインを
アイスクリームの空箱に入れて
売ってくれた店の主人の話なぞに
しびれてしまう。
イギリス人はかっこいいなあ。
ついでに、
昔からお茶の友といわれる「スコーン」なるものが
理解できなかった。
パン屋やカフェで見かけて
たまに食することがある。
が、小麦粉の塊のように固くて、
割れない。
たとえ割れても
しばらく口に含んでいないと噛み切れない、
というような思い出しかない。
何故にこのような修行僧の食物みたいなものを好むのか
謎だった。
本によれば、
どうやらスコーンにも色々あって、
本来のイギリス風スコーンは
ケンタッキーで売っている「ビスケット」
のようなものであるらしい。
なるほど。
あれなら好きだ。
でも、スコーン、と名づけられたもので
ああいう形状と風味のものを
店頭で見かけたことがない。
やはり謎である。
少し前に英語ヒアリングの練習と称して
「バーナビー警部」という
BBCの推理ものドラマを見ていたのだが、
この警部の奥さんという人が
料理下手の設定である。
何故あえて料理下手のキャラクターにする必要があるのかと
シリーズ20本ほどを見ながら
どことはなしに気にかかっていたのだが、
この本を読んで謎が解けた。
イギリス人は食べものの味などというものに
こだわることを潔しとしない人たちであって、
女性の料理下手をも
愛をもって寛容してしまうのが「紳士」なのだ。
料理下手の妻、という設定に親しみを持たせる風土が
イギリスにはあるのだろう。
なるほど、バーナビー警部は紳士だったのか(笑)
お国柄とは面白いものである。
林望さんの口あたりの良い文章をおともにお茶。
スコーンがなくても美味しい。
自然と飲み物が紅茶にシフトしはじめた。
ストレートの紅茶が飲めるほど
大人の味覚が発達していない。
ミルクティーでも物足りず、
ロイヤルミルクティーである。
もっと好きなのはチャイラテだけど。
古本屋にDVDを売って
「次回使えます」
と100円券をもらった。
自分の行動習慣がある程度予測できるのは
年の功なのだろうか、
普段古本を買うことなどないので、
もらった瞬間から、
数日も経てばレシートと一緒に
ゴミ箱行きが運命付けられている。
この節約の折、100円を無駄にするまじと
しばらく書棚の間を往復して
やっと決めたのが
林望さんの「イギリスはおいしい」。
「お酒は売れないけどアイスクリームなら売れるから」
と贈りもの用のワインを
アイスクリームの空箱に入れて
売ってくれた店の主人の話なぞに
しびれてしまう。
イギリス人はかっこいいなあ。
ついでに、
昔からお茶の友といわれる「スコーン」なるものが
理解できなかった。
パン屋やカフェで見かけて
たまに食することがある。
が、小麦粉の塊のように固くて、
割れない。
たとえ割れても
しばらく口に含んでいないと噛み切れない、
というような思い出しかない。
何故にこのような修行僧の食物みたいなものを好むのか
謎だった。
本によれば、
どうやらスコーンにも色々あって、
本来のイギリス風スコーンは
ケンタッキーで売っている「ビスケット」
のようなものであるらしい。
なるほど。
あれなら好きだ。
でも、スコーン、と名づけられたもので
ああいう形状と風味のものを
店頭で見かけたことがない。
やはり謎である。
少し前に英語ヒアリングの練習と称して
「バーナビー警部」という
BBCの推理ものドラマを見ていたのだが、
この警部の奥さんという人が
料理下手の設定である。
何故あえて料理下手のキャラクターにする必要があるのかと
シリーズ20本ほどを見ながら
どことはなしに気にかかっていたのだが、
この本を読んで謎が解けた。
イギリス人は食べものの味などというものに
こだわることを潔しとしない人たちであって、
女性の料理下手をも
愛をもって寛容してしまうのが「紳士」なのだ。
料理下手の妻、という設定に親しみを持たせる風土が
イギリスにはあるのだろう。
なるほど、バーナビー警部は紳士だったのか(笑)
お国柄とは面白いものである。
林望さんの口あたりの良い文章をおともにお茶。
スコーンがなくても美味しい。
テレビをつけたら
写真家の立木義浩さんが小学生に授業をしていた。
6年生の子供たちは
わたしが年末に買ったデジカメの3倍はしそうな
良さげなカメラを手に撮影している。
それはともかくとして、
1日目の授業が終わったところで
立木さんが
画面に登場しない
(ディレクターとおぼしき)人物から
今日より明日の写真が良くなるってことは
どういうことなのか、との質問を受けて
実際に写真が良くなるかどうかは分からないが
「見る」ということを
より意識することになること
と答えていた。
フレームにおさめようとすることによって
普段無意識のうちに行なっている
「見る」という行為に意識的になるのは
きっと悪いことではない。
子供たちが被写体を探す姿を眺めているうちに
わたしも自然とデジカメを手にとって
フレームを覗いていた。
いつもの部屋とはどこか違う部屋が
レンズの向こうに広がっている。
写真家の立木義浩さんが小学生に授業をしていた。
6年生の子供たちは
わたしが年末に買ったデジカメの3倍はしそうな
良さげなカメラを手に撮影している。
それはともかくとして、
1日目の授業が終わったところで
立木さんが
画面に登場しない
(ディレクターとおぼしき)人物から
今日より明日の写真が良くなるってことは
どういうことなのか、との質問を受けて
実際に写真が良くなるかどうかは分からないが
「見る」ということを
より意識することになること
と答えていた。
フレームにおさめようとすることによって
普段無意識のうちに行なっている
「見る」という行為に意識的になるのは
きっと悪いことではない。
子供たちが被写体を探す姿を眺めているうちに
わたしも自然とデジカメを手にとって
フレームを覗いていた。
いつもの部屋とはどこか違う部屋が
レンズの向こうに広がっている。
小説を一冊読み切ったのは久しぶり。
何事も完成するというのは気持ちの良いもので。
Anne of Green Gablesは
ギルバートとの和解の場面を経て
最後のページに辿りついた。
朝、眠くても電車に乗ったらペーパーバックを開く、
という習慣がやっとついたところで
終わってしまうのも勿体ないので、
次なる本を探そうと思う。
思えばAnneはいろんな意味で
通勤電車で読みやすい本だった。
内容は親しみが持てて面白い。
ペーパーバックの小説にしては
薄くて持ちやすい。
(片手で開けるところが立読みに適している)
表現は割と簡易である。
日本語で読んだことがあるから
辞書を全くひかずに想像で読める。
約10ページで1章、という章立てが多く
1章ずつ読みきることを目標にしやすい。
Anneが元気なせいで
朝の眠気が少しずつ醒める。
などなど。
さて次は何にしようかなあ。
そういえば丸善で洋書フェアがあるとか。
この週末覗いてみよう。
何事も完成するというのは気持ちの良いもので。
Anne of Green Gablesは
ギルバートとの和解の場面を経て
最後のページに辿りついた。
朝、眠くても電車に乗ったらペーパーバックを開く、
という習慣がやっとついたところで
終わってしまうのも勿体ないので、
次なる本を探そうと思う。
思えばAnneはいろんな意味で
通勤電車で読みやすい本だった。
内容は親しみが持てて面白い。
ペーパーバックの小説にしては
薄くて持ちやすい。
(片手で開けるところが立読みに適している)
表現は割と簡易である。
日本語で読んだことがあるから
辞書を全くひかずに想像で読める。
約10ページで1章、という章立てが多く
1章ずつ読みきることを目標にしやすい。
Anneが元気なせいで
朝の眠気が少しずつ醒める。
などなど。
さて次は何にしようかなあ。
そういえば丸善で洋書フェアがあるとか。
この週末覗いてみよう。
組織図に写真をつけるとかで
部署全員の写真を撮ることになった。
そういう雑務はわたしの仕事である。
人間の顔写真なんか撮ったことないよ、
などと呟きつつ
カメラを手にフロアを回り始めたのだが、
意外にも、途中から楽しくなってきた。
そういえば、
昔むかしインタビュー記事を書いたときに
顔写真を撮ったのを思い出した。
都合20人ほどを撮影。
仕事で見慣れた同僚も
フレームにおさまると途端に
個々の世界を背負った「別物」に見えはじめるから
不思議なものだ。
よく考えてみれば同僚の顔をまじまじと見る機会は
あまりない。
目が悪いせいもあるが、
服装さえも細部にわたって観察するという
習慣を持ち合わせていない。
同じ職場で7時間以上過ごす相手に対して
もう少し関心を持ってもよかったのかな、
という気もしつつ
でもあと少しで辞めるつもりでもあるから
自然と距離を置くことになる。
★
明日会社に行きたくないなあ、と
思ったときに
(勿論行かねばならないわけで)
ある策を講じるようになった。
駅と職場の間にあるレンタル屋で
「当日返却」でDVDを借りるのである。
翌日の開店までに返却しないと延滞料が加算されるから
小金惜しさに出勤することになる。
店内を歩きながら
ルーチンの単純作業の手を動かしながら
同僚と話したことを思い出していた。
留学経験もあり
子をもつ母でもあり
外資勤めの経験も豊富で
自分を笑うイギリス精神が好きだという彼女からは
なにかと学ぶことが多い。
外国人から見た日本のイメージ、
という話になって、
CSINYに出てくるsushi barが許せない、
ありえない、と
あれこそ東洋好きを標榜する外国人の
東洋理解の典型だと憤慨していた。
沢山並んだDVDの中から適当に取って見ていたら
くだんの場面に出くわした。
テーブルの上に女性が裸で横たわり、
裸体の上に握り寿司が並べられ、
それを囲んで男性が寿司を食べる。
憤慨を超えてしまって、爆笑。
だいたい、
あんなことしたら
ネタが微妙に生ぬるくなるじゃないか。
無理解は相手の不信を生む。
新奇と感ずるものを目にしたとき、
自分なりの解釈をしてその驚きを表現するしかないわけだが、
それがどう見られるかを考える必要はある。
異文化理解の落とし穴は
はまっている本人ほど
それと気付きにくいところかもしれない。
メタ認知も必要だし、
自分固有の感覚もなければつまらない。
その按配が課題である。
部署全員の写真を撮ることになった。
そういう雑務はわたしの仕事である。
人間の顔写真なんか撮ったことないよ、
などと呟きつつ
カメラを手にフロアを回り始めたのだが、
意外にも、途中から楽しくなってきた。
そういえば、
昔むかしインタビュー記事を書いたときに
顔写真を撮ったのを思い出した。
都合20人ほどを撮影。
仕事で見慣れた同僚も
フレームにおさまると途端に
個々の世界を背負った「別物」に見えはじめるから
不思議なものだ。
よく考えてみれば同僚の顔をまじまじと見る機会は
あまりない。
目が悪いせいもあるが、
服装さえも細部にわたって観察するという
習慣を持ち合わせていない。
同じ職場で7時間以上過ごす相手に対して
もう少し関心を持ってもよかったのかな、
という気もしつつ
でもあと少しで辞めるつもりでもあるから
自然と距離を置くことになる。
★
明日会社に行きたくないなあ、と
思ったときに
(勿論行かねばならないわけで)
ある策を講じるようになった。
駅と職場の間にあるレンタル屋で
「当日返却」でDVDを借りるのである。
翌日の開店までに返却しないと延滞料が加算されるから
小金惜しさに出勤することになる。
店内を歩きながら
ルーチンの単純作業の手を動かしながら
同僚と話したことを思い出していた。
留学経験もあり
子をもつ母でもあり
外資勤めの経験も豊富で
自分を笑うイギリス精神が好きだという彼女からは
なにかと学ぶことが多い。
外国人から見た日本のイメージ、
という話になって、
CSINYに出てくるsushi barが許せない、
ありえない、と
あれこそ東洋好きを標榜する外国人の
東洋理解の典型だと憤慨していた。
沢山並んだDVDの中から適当に取って見ていたら
くだんの場面に出くわした。
テーブルの上に女性が裸で横たわり、
裸体の上に握り寿司が並べられ、
それを囲んで男性が寿司を食べる。
憤慨を超えてしまって、爆笑。
だいたい、
あんなことしたら
ネタが微妙に生ぬるくなるじゃないか。
無理解は相手の不信を生む。
新奇と感ずるものを目にしたとき、
自分なりの解釈をしてその驚きを表現するしかないわけだが、
それがどう見られるかを考える必要はある。
異文化理解の落とし穴は
はまっている本人ほど
それと気付きにくいところかもしれない。
メタ認知も必要だし、
自分固有の感覚もなければつまらない。
その按配が課題である。
昨日のテッポウウオの話が気になって、
再読してみたら、
決断するときに活動する(必要な?)
ニューロンが少ない、という話であって
複雑な状況判断をしているわけだから
決断に必要な情報が少なくていいということでは
ないようであります。
相変わらず論文はむずかしいです。
(おもしろいけど。。)
がんばりまっす。
ituneの「アリス」英語podcast、
朗読がめちゃめちゃ面白い。
おすすめ。
この3日間、毎日バイトしてたので
えらく眠いです。
ああ、もう行かないと。
がんばりまっす。
再読してみたら、
決断するときに活動する(必要な?)
ニューロンが少ない、という話であって
複雑な状況判断をしているわけだから
決断に必要な情報が少なくていいということでは
ないようであります。
相変わらず論文はむずかしいです。
(おもしろいけど。。)
がんばりまっす。
ituneの「アリス」英語podcast、
朗読がめちゃめちゃ面白い。
おすすめ。
この3日間、毎日バイトしてたので
えらく眠いです。
ああ、もう行かないと。
がんばりまっす。
なんとも素敵な小野二郎さんを見終えたところで
エネルギー切れとなり
すやすやと寝入ってしまって、夜中に目が覚めた。
しばらくたっても眠れない。
どうも手持ち無沙汰なので
りんごを食べることにした。
包丁で皮をむくのが好き。
さくさく、さくさく、さくさく、かぱっ。
夕方、チームリーダーが神妙な顔で
ちょっと話があるの、
というから
何かと思って会議室に集まったら
年始の夕食付き決起大会があるから出てね、という。
それ以外にも話があるのかと思いきや
1件だけ。脱力。
やたらミーティングが多いんですよ。
とバイト先で話したら、
年配の男性が、
そういうのはね、と笑いながら
こんな言葉を教えてくれた。
会して議せず、議して決せず、決して行なわず
検索してみたら、
行なわずとも指摘せず、とか
行なって責任とらず、なんてのを
第4段階として追加する場合もあるらしい。
慣用表現が出来るぐらいだから
ありがちな風潮なのだろうが、
この極めてのんきな風土に浸かって約8ヶ月。
年末に一瞬白くなったものの、
やっぱり赤いのが似合う東京タワーを眺めながらの出勤や
机が広いのだけは気に入っているけれど
そろそろ抜け出さないと
ほかの会社で働けなくなってしまう。
転職活動をはじめないと。
と思いつつ、
何故か会社PCで再び論文が無料で読めるようになった
サイエンスを読む。
これが未練だよなあ。
テッポウウオは
飛んでる虫に水を発射して水面に落として
食べるわけだけれども、
その的中率は高い。
彼らの場合、
精密な判断をするのに
さほど多くの情報を必要としないという話。
(こうして書いてみると、
えらくざっくりしか覚えていない、、)
人間において、
というか自分個人においてでもいいから、
決断のキーポイントとなる情報は何なのか
お魚さんみたいに実験で分かったら面白い、というか
転職とか、迷わなくて済むかも(笑)
★
帰りの電車でAlice's Adventures in Wonderland
のpodcastを聞き始めた。
朗読しているひとが上手なせいもあるし、
耳から入る刺激に対して無抵抗なほど
疲れてしまっていたせいでもあるかもしれないけれど、
英語というのは音楽として流麗だなあと思う。
…do cats eat bats?
とか
`A mouse--of a mouse--to a mouse--a mouse--O mouse!'
とか。
つい音韻やリズム、抑揚に聞き入ってしまって
内容を聞いていない。
いかんいかん。
エネルギー切れとなり
すやすやと寝入ってしまって、夜中に目が覚めた。
しばらくたっても眠れない。
どうも手持ち無沙汰なので
りんごを食べることにした。
包丁で皮をむくのが好き。
さくさく、さくさく、さくさく、かぱっ。
夕方、チームリーダーが神妙な顔で
ちょっと話があるの、
というから
何かと思って会議室に集まったら
年始の夕食付き決起大会があるから出てね、という。
それ以外にも話があるのかと思いきや
1件だけ。脱力。
やたらミーティングが多いんですよ。
とバイト先で話したら、
年配の男性が、
そういうのはね、と笑いながら
こんな言葉を教えてくれた。
会して議せず、議して決せず、決して行なわず
検索してみたら、
行なわずとも指摘せず、とか
行なって責任とらず、なんてのを
第4段階として追加する場合もあるらしい。
慣用表現が出来るぐらいだから
ありがちな風潮なのだろうが、
この極めてのんきな風土に浸かって約8ヶ月。
年末に一瞬白くなったものの、
やっぱり赤いのが似合う東京タワーを眺めながらの出勤や
机が広いのだけは気に入っているけれど
そろそろ抜け出さないと
ほかの会社で働けなくなってしまう。
転職活動をはじめないと。
と思いつつ、
何故か会社PCで再び論文が無料で読めるようになった
サイエンスを読む。
これが未練だよなあ。
テッポウウオは
飛んでる虫に水を発射して水面に落として
食べるわけだけれども、
その的中率は高い。
彼らの場合、
精密な判断をするのに
さほど多くの情報を必要としないという話。
(こうして書いてみると、
えらくざっくりしか覚えていない、、)
人間において、
というか自分個人においてでもいいから、
決断のキーポイントとなる情報は何なのか
お魚さんみたいに実験で分かったら面白い、というか
転職とか、迷わなくて済むかも(笑)
★
帰りの電車でAlice's Adventures in Wonderland
のpodcastを聞き始めた。
朗読しているひとが上手なせいもあるし、
耳から入る刺激に対して無抵抗なほど
疲れてしまっていたせいでもあるかもしれないけれど、
英語というのは音楽として流麗だなあと思う。
…do cats eat bats?
とか
`A mouse--of a mouse--to a mouse--a mouse--O mouse!'
とか。
つい音韻やリズム、抑揚に聞き入ってしまって
内容を聞いていない。
いかんいかん。
この眠さはなんだろう。
夜バイトを終えて電車に乗り、
もうすぐ読み終えるはずの「アン」を
数ページ読んだところで
頭が回り始めた。
全身の感覚が遠く、
視界が白く霞んでいく。
確か、さだまさしの小説だったか、
中途失明した人の独白に
目が見えなくなったら
世界は闇になると思っていたけれど
視力を失った後の世界は白かった、
と書いてあったのを思い出す。
隣に座った大柄な若い男のひとが
そのまた隣の男性と話している。
話かわりますけどね、
小指が痛いんですよ。
黒いコートの袖が少し上がって
小指を立ててみせる。
ほら、こうして押すとね。
別に曲がってるわけでもないし、
折れてるとかじゃないみたいだね。
でも、なんかイヤじゃないですか。
これは何の病院に行けばいいんでしょうね、
整形外科ですかね。
一方、頭の中では
13歳になったアンがダイアナに向かって
teenになって世界はまるで変わってしまった
と訴えていて、ひどく煩い。
隣のおにいさんは
渋谷で降りていった。
そして世界はもっと白くなり
全てが遠のいていく。
家に帰ったら知人から電話があった。
とてつもなく眠いんです
と言ったら、
正月明けだからね、と言って
からからと笑った。
夜バイトを終えて電車に乗り、
もうすぐ読み終えるはずの「アン」を
数ページ読んだところで
頭が回り始めた。
全身の感覚が遠く、
視界が白く霞んでいく。
確か、さだまさしの小説だったか、
中途失明した人の独白に
目が見えなくなったら
世界は闇になると思っていたけれど
視力を失った後の世界は白かった、
と書いてあったのを思い出す。
隣に座った大柄な若い男のひとが
そのまた隣の男性と話している。
話かわりますけどね、
小指が痛いんですよ。
黒いコートの袖が少し上がって
小指を立ててみせる。
ほら、こうして押すとね。
別に曲がってるわけでもないし、
折れてるとかじゃないみたいだね。
でも、なんかイヤじゃないですか。
これは何の病院に行けばいいんでしょうね、
整形外科ですかね。
一方、頭の中では
13歳になったアンがダイアナに向かって
teenになって世界はまるで変わってしまった
と訴えていて、ひどく煩い。
隣のおにいさんは
渋谷で降りていった。
そして世界はもっと白くなり
全てが遠のいていく。
家に帰ったら知人から電話があった。
とてつもなく眠いんです
と言ったら、
正月明けだからね、と言って
からからと笑った。
例によって何故そうなったのかは
忘れてしまったのだけれど、
振付師モーリス・ベジャールの「ボレロ」を
youtubeで発見した。
ボレロ
http://www.youtube.com/watch?v=Lnut9tB78BE
むかしダンス系のドキュメンタリーを
連続で何本か見た中にベジャールのもあって、
名前だけは覚えていた。
まだ見たことはないが、
映画「愛と哀しみのボレロ」のラストも
このボレロが使われているそうな。
何回か見ているうちに
対称性という言葉が思い浮かんだ。
動きがシンメトリーだから美しいのかなあ。
と思いつつ、
例のごとく目の前に積んであった
『ガリレオの指』という本を開いてみたら、
対称性―美の定量化、
という章があるのに気がついた。
「ポリュクレイトスは、「シンメトリア」、つまり、人体の緊張した部分と弛緩した部分との動的な均衡と、全体的な調和をもたらすそれら諸部分の相対的な向きについて書いていた。」
(『ガリレオの指』ピーター・アトキンス著より)
抽象画は分かりにくい、なんて言うけれど、
数学に比べたら
はるかに具体的な気がする。
この本は3回も図書館から借りているけれど、
毎回殆ど読み進まないまま
返却する定めなのかもしれない。
★
連休も終わりですね。
忘れてしまったのだけれど、
振付師モーリス・ベジャールの「ボレロ」を
youtubeで発見した。
ボレロ
http://www.youtube.com/watch?v=Lnut9tB78BE
むかしダンス系のドキュメンタリーを
連続で何本か見た中にベジャールのもあって、
名前だけは覚えていた。
まだ見たことはないが、
映画「愛と哀しみのボレロ」のラストも
このボレロが使われているそうな。
何回か見ているうちに
対称性という言葉が思い浮かんだ。
動きがシンメトリーだから美しいのかなあ。
と思いつつ、
例のごとく目の前に積んであった
『ガリレオの指』という本を開いてみたら、
対称性―美の定量化、
という章があるのに気がついた。
「ポリュクレイトスは、「シンメトリア」、つまり、人体の緊張した部分と弛緩した部分との動的な均衡と、全体的な調和をもたらすそれら諸部分の相対的な向きについて書いていた。」
(『ガリレオの指』ピーター・アトキンス著より)
抽象画は分かりにくい、なんて言うけれど、
数学に比べたら
はるかに具体的な気がする。
この本は3回も図書館から借りているけれど、
毎回殆ど読み進まないまま
返却する定めなのかもしれない。
★
連休も終わりですね。
すーっと気持ちに流れ込んでくるような文章がある。
オルハン・パムクの講演集「父のトランク」を
立読みしていて、そう思った。
書くことで救われている、
と彼は言っていて、
レベルは比較するまでもないけれど
気持ちの上では同類である。
そういう人の文章だからなのかもしれない。
以前に「わたしの名は紅」のペーパーバックを買ったまま
本棚にしまいこんでいたのを思い出した。
読まないと。
★
今日は収穫があった。
吉田秀和「私の好きな曲」。
初回に取り上げられているのが
ベートーベン後期弦楽四重奏曲で、
書店でその本を手に取ったその時、
ipodから流れていたのがまさにその曲で。
そうですよねえ吉田さん、と
勝手に意気投合したつもりになる。
図書館でCDを借りたばかりの
「春の祭典」を扱った章では
ストラヴィンスキーとプルーストの逸話が面白くて、
そうだった、この機に
「失われた時を求めて」も読もう、と思い出す。
しかし長すぎるんだよなあ、
と躊躇していたところに
集英社から出ている抄訳版が目に入る。
流れが分かるようにと編訳者の解説で補いつつ
良いとこ取りしてある。
長編にすぐ飽きてしまう私のような人間には
ありがたい。
これもお買い上げ。
スタバでチャイラテを飲みながら少々読む。
面白い。
帰宅。
20時を過ぎたら、ご飯類を食べるのは避けたい。
とはいえ30分も歩いた後ではお腹が減る。
夕飯代わりの納豆3パックを平らげつつ
「のだめ」特番を見る。
折角あそこまでのだめを変態キャラにしても
ドラマでは表現しにくく中途半端に終わってしまう。
★
1週間ほど前に読んだ本がふと気になって
パラパラとめくっていたら
プルーストに言及された箇所に出会った。
「今こうして生きている私の中にあるのは過去の時間だけなのだ。私が生きてきた時間のすべてが今こうして生きている私の中で息づいている。というか、生きてきた時間の総体が今こうしている私を生かしている。人間とは自分が生きた、過ぎ去った時間に向かって無数の触手を伸ばす生き物なのだと考えてみると、「わからない」とばかり言っていた時間が自分の身体の延長となって、自分の生が別の意味を持って新たにはじまるように思われてこないだろうか。プルーストがしたことはそういうことだったと考えてみることもできる。プルーストは『失われた時を求めて』で過去の特別な時間を探し求めたのではなく、時間という巨大な建造物を創った。その中ではプルーストに回想される人びとがすべて巨大な存在となった。そしてプルースト自身がほとんど時間そのものとなった。何かを対象化して言葉としての答えを出そうとするのではなく、それを自分の身体の延長として生きること。動物たちがしていることはそういうことだ。」(保坂和志著『「30歳までなんか生きるな」と思っていた』)
すっかり忘れていたけれど、
さっき本屋で
『失われた時を求めて』を読まなくちゃと
思ったのは、確かにこの文章が原因だ。
無数の触手、という言葉に喚起されたイメージが
なかなか脳裏を去らない。
それはメビウスの輪のようでもあり、
ナウシカの金色の野原のようでもある。
★
今日図書館で借りたCD
シューマン
謝肉祭、ピアノソナタ1、2(アシュケナージ)
シューベルト
交響曲 未完成、9番(トスカニーニ)
ストラヴィンスキー
春の祭典、ペトルーシュカ(小澤征爾)
オルハン・パムクの講演集「父のトランク」を
立読みしていて、そう思った。
書くことで救われている、
と彼は言っていて、
レベルは比較するまでもないけれど
気持ちの上では同類である。
そういう人の文章だからなのかもしれない。
以前に「わたしの名は紅」のペーパーバックを買ったまま
本棚にしまいこんでいたのを思い出した。
読まないと。
★
今日は収穫があった。
吉田秀和「私の好きな曲」。
初回に取り上げられているのが
ベートーベン後期弦楽四重奏曲で、
書店でその本を手に取ったその時、
ipodから流れていたのがまさにその曲で。
そうですよねえ吉田さん、と
勝手に意気投合したつもりになる。
図書館でCDを借りたばかりの
「春の祭典」を扱った章では
ストラヴィンスキーとプルーストの逸話が面白くて、
そうだった、この機に
「失われた時を求めて」も読もう、と思い出す。
しかし長すぎるんだよなあ、
と躊躇していたところに
集英社から出ている抄訳版が目に入る。
流れが分かるようにと編訳者の解説で補いつつ
良いとこ取りしてある。
長編にすぐ飽きてしまう私のような人間には
ありがたい。
これもお買い上げ。
スタバでチャイラテを飲みながら少々読む。
面白い。
帰宅。
20時を過ぎたら、ご飯類を食べるのは避けたい。
とはいえ30分も歩いた後ではお腹が減る。
夕飯代わりの納豆3パックを平らげつつ
「のだめ」特番を見る。
折角あそこまでのだめを変態キャラにしても
ドラマでは表現しにくく中途半端に終わってしまう。
★
1週間ほど前に読んだ本がふと気になって
パラパラとめくっていたら
プルーストに言及された箇所に出会った。
「今こうして生きている私の中にあるのは過去の時間だけなのだ。私が生きてきた時間のすべてが今こうして生きている私の中で息づいている。というか、生きてきた時間の総体が今こうしている私を生かしている。人間とは自分が生きた、過ぎ去った時間に向かって無数の触手を伸ばす生き物なのだと考えてみると、「わからない」とばかり言っていた時間が自分の身体の延長となって、自分の生が別の意味を持って新たにはじまるように思われてこないだろうか。プルーストがしたことはそういうことだったと考えてみることもできる。プルーストは『失われた時を求めて』で過去の特別な時間を探し求めたのではなく、時間という巨大な建造物を創った。その中ではプルーストに回想される人びとがすべて巨大な存在となった。そしてプルースト自身がほとんど時間そのものとなった。何かを対象化して言葉としての答えを出そうとするのではなく、それを自分の身体の延長として生きること。動物たちがしていることはそういうことだ。」(保坂和志著『「30歳までなんか生きるな」と思っていた』)
すっかり忘れていたけれど、
さっき本屋で
『失われた時を求めて』を読まなくちゃと
思ったのは、確かにこの文章が原因だ。
無数の触手、という言葉に喚起されたイメージが
なかなか脳裏を去らない。
それはメビウスの輪のようでもあり、
ナウシカの金色の野原のようでもある。
★
今日図書館で借りたCD
シューマン
謝肉祭、ピアノソナタ1、2(アシュケナージ)
シューベルト
交響曲 未完成、9番(トスカニーニ)
ストラヴィンスキー
春の祭典、ペトルーシュカ(小澤征爾)
早いもので連休も終わりに近づいた。
1日は早い。
図書館に行って勉強し、
本屋で音楽を聴きながら立読みし
英文スピーチの暗誦練習をしつつ1時間歩き、
不要なDVDを古本屋で売る査定の間立読みし
音楽を聴きながら歩き
料理を作りつつ英語を聞き
ご飯を食べながら字幕を隠した海外ドラマを見た後では
阿呆みたいに恥ずかしい日本のテレビドラマを
それでも何故か真面目に見てしまって
なぜなんだろうと矛盾を抱えながら
寝たら終わってしまった。
ノートPCの画面右下がほの赤くなっている。
特に何もいじった覚えはないのだけれど。
今後突然このブログが途絶えたら、
PC故障という線が強いでしょう。
★
今日読んだ本
英文がスラスラ書ける魔法のフレーズ 2章
英語パラグラフライティング講座 半分
ネイチャーの論文以外の記事少々
手帳ブログのススメ
すべては音楽から生まれる
生命科学 少々
1日は早い。
図書館に行って勉強し、
本屋で音楽を聴きながら立読みし
英文スピーチの暗誦練習をしつつ1時間歩き、
不要なDVDを古本屋で売る査定の間立読みし
音楽を聴きながら歩き
料理を作りつつ英語を聞き
ご飯を食べながら字幕を隠した海外ドラマを見た後では
阿呆みたいに恥ずかしい日本のテレビドラマを
それでも何故か真面目に見てしまって
なぜなんだろうと矛盾を抱えながら
寝たら終わってしまった。
ノートPCの画面右下がほの赤くなっている。
特に何もいじった覚えはないのだけれど。
今後突然このブログが途絶えたら、
PC故障という線が強いでしょう。
★
今日読んだ本
英文がスラスラ書ける魔法のフレーズ 2章
英語パラグラフライティング講座 半分
ネイチャーの論文以外の記事少々
手帳ブログのススメ
すべては音楽から生まれる
生命科学 少々
新しいipodをポケットに入れて歩く。
すっぽり収まるサイズと薄さに手が喜ぶ。
陽光に心も浮きたつ。
人もまばらな裏道をJobsのスピーチを暗誦すべく
シャドーイングしつつ歩く。
ブリヂストン美術館に行く。
前に行った時はルドンが気になったが、
今回はモネの黄昏とデュフィ、ザオウーキーが
目の奥に残った。
タリーズで「脳と日本人」を読む。
とりあえず、
記憶とか編集、関係性、意識という話にだけ反応。
消化されるまでに少し時間がかかりそう。
丸善でNewscientistとScientific American Mindを立読み。
久しぶりにLittle Britainを見る。
差別系のネタだけは
まだ観衆の笑い声が起こってからでないと
笑えない。
シャドーイングしながら
発音できずに詰まるのと同じような
むず痒い感覚がある。
タブーを笑い飛ばすことで反逆する
イギリスのハイレベルな精神性にリスペクト。
一度眠ってから3時に目が覚めて、
今もう一度見ている。
しかし、ああいうところが
「ひっかき傷」になって、後をひく。
二度目になると、それでも若干
笑いの反射速度が速くなった気もする。
トレーニングで改善されるものなんだろうか。
LouとAndyのエピソードを見ながら、
前に聞いた話を思い出す。
イギリスの「紳士」は
黙って尽くすタイプなんだそうな。
ワガママなAndyが超キュート。
だから守ってあげたくなるんだよね、きっと。
すっぽり収まるサイズと薄さに手が喜ぶ。
陽光に心も浮きたつ。
人もまばらな裏道をJobsのスピーチを暗誦すべく
シャドーイングしつつ歩く。
ブリヂストン美術館に行く。
前に行った時はルドンが気になったが、
今回はモネの黄昏とデュフィ、ザオウーキーが
目の奥に残った。
タリーズで「脳と日本人」を読む。
とりあえず、
記憶とか編集、関係性、意識という話にだけ反応。
消化されるまでに少し時間がかかりそう。
丸善でNewscientistとScientific American Mindを立読み。
久しぶりにLittle Britainを見る。
差別系のネタだけは
まだ観衆の笑い声が起こってからでないと
笑えない。
シャドーイングしながら
発音できずに詰まるのと同じような
むず痒い感覚がある。
タブーを笑い飛ばすことで反逆する
イギリスのハイレベルな精神性にリスペクト。
一度眠ってから3時に目が覚めて、
今もう一度見ている。
しかし、ああいうところが
「ひっかき傷」になって、後をひく。
二度目になると、それでも若干
笑いの反射速度が速くなった気もする。
トレーニングで改善されるものなんだろうか。
LouとAndyのエピソードを見ながら、
前に聞いた話を思い出す。
イギリスの「紳士」は
黙って尽くすタイプなんだそうな。
ワガママなAndyが超キュート。
だから守ってあげたくなるんだよね、きっと。
「のだめカンタービレ」のドラマに
見入ってしまった。
朝方テレビの再放送を見つけ、
途中回からは動画を発見して
通しで11回のシリーズ全部見た。
(1/4・5に新年の特番もあるらしい)
youtube
http://youtubetvdoramadouga.blog111.fc2.com/blog-entry-414.html
音大のピアノ科に在籍する野田恵は
「上を目指す」気などは全くなく、
音楽は楽しめればそれでいいと思っている人間だった。
ところがアパートの隣室に住む千秋(玉木宏)に恋をする。
過去とコンプレックスを克服して
次第に音楽家としての実力を発揮し始める千秋を見て
「このままではいけない」と
コンクール優勝と留学を目指すようになる。
という成長譚なのだけれど。
才能ある人物に憧れて
自分もその世界に少しでも近づきたいと想う気持ちが
可愛くも切なくて
コメディなのにぼろぼろ泣いた。
知ってるクラシックがBGMに流れるのも良い。
ドラマを見ながら
どうしてこんなドラマに
こんなに泣けてしまうんだろうと思いつつ、
文脈とか、場所に依存するクオリア、
ある言葉の背後にある遠い深い世界、とかの話を
思い出していた。
ちょうど9時になってチャンネルを変えたら
黒地画面に白抜き文字で
イチローさんの言葉がばーん、と出た。
それは、
その場所(打席のことを指していたと思うんだけど)
でしか感じられないものがある、
というような言葉であって。
ある事物に遭遇したときに
自分の持てる経験、知識その他を総動員して
如何に傍観者から脱するか、
主体的に感じられるか。
その感じ方の問題に
少し意識的になってきたような気がする。
もっと磨いていかなければ。
人生に起こる全ての物事は
点ではなく、やがて星座になるのだ
と思うようになってから、
目にするものが全て
私の行動を変えていくための
意味ある連結に感じられる。
見入ってしまった。
朝方テレビの再放送を見つけ、
途中回からは動画を発見して
通しで11回のシリーズ全部見た。
(1/4・5に新年の特番もあるらしい)
youtube
http://youtubetvdoramadouga.blog111.fc2.com/blog-entry-414.html
音大のピアノ科に在籍する野田恵は
「上を目指す」気などは全くなく、
音楽は楽しめればそれでいいと思っている人間だった。
ところがアパートの隣室に住む千秋(玉木宏)に恋をする。
過去とコンプレックスを克服して
次第に音楽家としての実力を発揮し始める千秋を見て
「このままではいけない」と
コンクール優勝と留学を目指すようになる。
という成長譚なのだけれど。
才能ある人物に憧れて
自分もその世界に少しでも近づきたいと想う気持ちが
可愛くも切なくて
コメディなのにぼろぼろ泣いた。
知ってるクラシックがBGMに流れるのも良い。
ドラマを見ながら
どうしてこんなドラマに
こんなに泣けてしまうんだろうと思いつつ、
文脈とか、場所に依存するクオリア、
ある言葉の背後にある遠い深い世界、とかの話を
思い出していた。
ちょうど9時になってチャンネルを変えたら
黒地画面に白抜き文字で
イチローさんの言葉がばーん、と出た。
それは、
その場所(打席のことを指していたと思うんだけど)
でしか感じられないものがある、
というような言葉であって。
ある事物に遭遇したときに
自分の持てる経験、知識その他を総動員して
如何に傍観者から脱するか、
主体的に感じられるか。
その感じ方の問題に
少し意識的になってきたような気がする。
もっと磨いていかなければ。
人生に起こる全ての物事は
点ではなく、やがて星座になるのだ
と思うようになってから、
目にするものが全て
私の行動を変えていくための
意味ある連結に感じられる。
大晦日から正月にかけて
実家にいるときはつい紅白を見てしまう。
本を読みながら
聞き覚えのある歌がかかると
反射的に口ずさんだり身体が動いたりする。
自発的に聞く可能性は殆どないけれど、
でも好きな曲ってものはある。
米米クラブにルビーの指輪、
津軽海峡冬景色が聞けて満足。
私が小さい頃に愛用していたゲームウォッチを
押入れから掘り出してきて、
更に電池を買ってきてやり始めたら
はまってしまったという
御年78才の母が、
ゲーム画面から目を離してぽつりと言った。
「最近は、後ろに随分沢山の人が
出るようになったねえ」。
それは黒子的スタッフさんとかのことではなくて
バックで歌ったり踊ったりしている方たちのことなのだけれど。
確かに、沢山の人がいた。
たとえば、
1人のスターのために豪華なセットが作られ
その出番のために
いかほどの金額が使われるのか
と算盤をはじいたときに浮かぶ感情は
庶民としては、あまりポジティブなものではない。
でも、一人のスターの出番に付随して
沢山の「後ろの人」たちに
少しの間でも光が当たる機会ができ
それぞれに思い出となったのだろう、という想像は
年末にふさわしい
あたたかな気分を運んできてくれた。
★
結局「赤毛のアン」は
年内には読み終わらなかった。
母の作った雑煮とおせちを食べ
駅伝を見て、散歩する。
強く勧められて
残ったおせちを弁当箱に詰めて
持ち帰ることになる。
歩いて1時間もかからない所に住んでいるのに、
いざ帰るとなると未練がましい顔をする両親に見送られながら、
実家を後にする。
不肖の娘でごめんなさい。
でも、私はここに長居してはいけない。
実家にいるときはつい紅白を見てしまう。
本を読みながら
聞き覚えのある歌がかかると
反射的に口ずさんだり身体が動いたりする。
自発的に聞く可能性は殆どないけれど、
でも好きな曲ってものはある。
米米クラブにルビーの指輪、
津軽海峡冬景色が聞けて満足。
私が小さい頃に愛用していたゲームウォッチを
押入れから掘り出してきて、
更に電池を買ってきてやり始めたら
はまってしまったという
御年78才の母が、
ゲーム画面から目を離してぽつりと言った。
「最近は、後ろに随分沢山の人が
出るようになったねえ」。
それは黒子的スタッフさんとかのことではなくて
バックで歌ったり踊ったりしている方たちのことなのだけれど。
確かに、沢山の人がいた。
たとえば、
1人のスターのために豪華なセットが作られ
その出番のために
いかほどの金額が使われるのか
と算盤をはじいたときに浮かぶ感情は
庶民としては、あまりポジティブなものではない。
でも、一人のスターの出番に付随して
沢山の「後ろの人」たちに
少しの間でも光が当たる機会ができ
それぞれに思い出となったのだろう、という想像は
年末にふさわしい
あたたかな気分を運んできてくれた。
★
結局「赤毛のアン」は
年内には読み終わらなかった。
母の作った雑煮とおせちを食べ
駅伝を見て、散歩する。
強く勧められて
残ったおせちを弁当箱に詰めて
持ち帰ることになる。
歩いて1時間もかからない所に住んでいるのに、
いざ帰るとなると未練がましい顔をする両親に見送られながら、
実家を後にする。
不肖の娘でごめんなさい。
でも、私はここに長居してはいけない。
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