人間の思考やそれに伴う活動はもともと筋道だったものではないから
いざその理路を整然として他人に分かるようにしようとするときには
必然的に論理は後付けになる、と聞いたことがあって、
なるほどそうだなあとおもう。
この連休のできごとも、そのまま書けば
すべてが「ふと」そうなったと記すことになる。
といっても、まあふつうに本を読んでいただけといえば
ただそれだけなのだけれども。
この2週間抱えていた本のひとつは若桑みどりさんの『クアトロ・ラガッツィ』だった。
つい最近まで桑の音が重なったのかクワトロ、だと思っていたのだけれども、
それはどうでもいい話。
土曜の夜に前編を終わって加速がついたのか日曜には読了した。
歴史系でこんなに長い本を読んだ記憶は近年皆無である。
発端は、文化の同時代性、横軸を見ないといけませんよ、
という授業でおすすめいただいたわけで、
読み終わってみると確かにそういう本だった。
副題にあるように、天正少年使節団とその時代を描いた著作である。
「私の信用できるのはひとりひとりの正直な人間だけなのだ」
と、一人ひとりがいきいきとした形をもって浮かび上がってくるまで資料を丹念に読み込まれた
検証の手法に、まずは感服。
キリスト教という宗教が、政治、服飾、美術、音楽、言語といった
無数の触手をのばして当時の日本文化と混血していく様子、
その反対勢力との攻防や、一口にイエズス会とはいっても政治的・信仰的思想の異なる神父らと
信長、秀吉との心理戦は、最終的な結末をつい棚上げして面白く読めてしまう。
先日受講した桃山期の美術作品の派手さを思い出したり、
利休の門下にキリシタンが多かったとの記述が、どことなく気にかかったりする。
若き使節団の西洋文化への純粋な憧憬、
帰国後、西欧を体験したとはいえ、西欧人にはなりきれない中での葛藤。
最終的に何を信ずべきかということを
その時代のせいで切実に考えざるを得なかった一個人としての苦悶。
若桑さんご自身の留学体験にも重なるところがあったのだろう。
天正使節団から鎖国に至るあの時代の世界と日本の関わりかたは、
現代においても省みられるべき歴史認識の一つであろうと思う。
若桑さんの丁寧なお仕事が印象に残って、「イメージを読む」「絵画を読む イコノロジー入門」
そのお隣にあったウンベルト・エーコ「美の歴史」、
いつか読まなきゃと思っていた「薔薇の名前」を借りてきて、
いま上巻を読みながら「美の歴史」の怪物の美の章をめくってみたり、
Youtubeでショーンコネリーを眺めたりしている。
★
前後するが、「フーガの技法」という言葉を見ながら
そういえば最近、フーガの技法をテレビで見たような、とおぼろげな記憶が浮かんできて、
検索していたら、自分のブログに行き当たった。
確かに、6月6日に芸術劇場で見たと記されていて、
ピエール=ローラン・エマールの演奏である。
人名と固有名詞を忘却する達人であるとの自覚はあるが、
せめて、良かったと思った奏者の名前ぐらいは覚えておけよ、自分、と思う。
シューマンとドヴュッシーとメシアンの動画を見つけて聞いてみたらうっとりしてしまって、
篤姫を見終わったあと、涼しい街をぽくぽく歩いて渋谷に出向き、CDを買う。
勢いで、茂木先生と河合先生の対談本、内田先生の新刊も買う。
今朝。
折角内田先生が練馬までいらしていたというのに
シンポジウムがあったのをすっかり失念していた。
というか、場所が真宗会館だったというのもあって、メモらなかったんだよなあ。
せめて喫茶店でモーニングを食べながら「こんな日本でよかったね」を読む。
面白すぎて噴出しそうになり、周囲の失笑も買う。
ついに財布の残金も尽きてきて、今日の英語はキャンセルとなる。
図書館にこもってエーコの前編を読了。
給料日が待ち遠しい。
いざその理路を整然として他人に分かるようにしようとするときには
必然的に論理は後付けになる、と聞いたことがあって、
なるほどそうだなあとおもう。
この連休のできごとも、そのまま書けば
すべてが「ふと」そうなったと記すことになる。
といっても、まあふつうに本を読んでいただけといえば
ただそれだけなのだけれども。
この2週間抱えていた本のひとつは若桑みどりさんの『クアトロ・ラガッツィ』だった。
つい最近まで桑の音が重なったのかクワトロ、だと思っていたのだけれども、
それはどうでもいい話。
土曜の夜に前編を終わって加速がついたのか日曜には読了した。
歴史系でこんなに長い本を読んだ記憶は近年皆無である。
発端は、文化の同時代性、横軸を見ないといけませんよ、
という授業でおすすめいただいたわけで、
読み終わってみると確かにそういう本だった。
副題にあるように、天正少年使節団とその時代を描いた著作である。
「私の信用できるのはひとりひとりの正直な人間だけなのだ」
と、一人ひとりがいきいきとした形をもって浮かび上がってくるまで資料を丹念に読み込まれた
検証の手法に、まずは感服。
キリスト教という宗教が、政治、服飾、美術、音楽、言語といった
無数の触手をのばして当時の日本文化と混血していく様子、
その反対勢力との攻防や、一口にイエズス会とはいっても政治的・信仰的思想の異なる神父らと
信長、秀吉との心理戦は、最終的な結末をつい棚上げして面白く読めてしまう。
先日受講した桃山期の美術作品の派手さを思い出したり、
利休の門下にキリシタンが多かったとの記述が、どことなく気にかかったりする。
若き使節団の西洋文化への純粋な憧憬、
帰国後、西欧を体験したとはいえ、西欧人にはなりきれない中での葛藤。
最終的に何を信ずべきかということを
その時代のせいで切実に考えざるを得なかった一個人としての苦悶。
若桑さんご自身の留学体験にも重なるところがあったのだろう。
天正使節団から鎖国に至るあの時代の世界と日本の関わりかたは、
現代においても省みられるべき歴史認識の一つであろうと思う。
若桑さんの丁寧なお仕事が印象に残って、「イメージを読む」「絵画を読む イコノロジー入門」
そのお隣にあったウンベルト・エーコ「美の歴史」、
いつか読まなきゃと思っていた「薔薇の名前」を借りてきて、
いま上巻を読みながら「美の歴史」の怪物の美の章をめくってみたり、
Youtubeでショーンコネリーを眺めたりしている。
★
前後するが、「フーガの技法」という言葉を見ながら
そういえば最近、フーガの技法をテレビで見たような、とおぼろげな記憶が浮かんできて、
検索していたら、自分のブログに行き当たった。
確かに、6月6日に芸術劇場で見たと記されていて、
ピエール=ローラン・エマールの演奏である。
人名と固有名詞を忘却する達人であるとの自覚はあるが、
せめて、良かったと思った奏者の名前ぐらいは覚えておけよ、自分、と思う。
シューマンとドヴュッシーとメシアンの動画を見つけて聞いてみたらうっとりしてしまって、
篤姫を見終わったあと、涼しい街をぽくぽく歩いて渋谷に出向き、CDを買う。
勢いで、茂木先生と河合先生の対談本、内田先生の新刊も買う。
今朝。
折角内田先生が練馬までいらしていたというのに
シンポジウムがあったのをすっかり失念していた。
というか、場所が真宗会館だったというのもあって、メモらなかったんだよなあ。
せめて喫茶店でモーニングを食べながら「こんな日本でよかったね」を読む。
面白すぎて噴出しそうになり、周囲の失笑も買う。
ついに財布の残金も尽きてきて、今日の英語はキャンセルとなる。
図書館にこもってエーコの前編を読了。
給料日が待ち遠しい。
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