字幕なしで見る Black Adder(Rowan Atkinson)


昨日は70冊の本とCDを古本屋に2回に分けて持参。
スーツケースに入れて運ぶので、
見た目、あら年末のご旅行ですか、結構ですね、てな感じなのだけれど、
行き先は古本屋、というわけで。
我ながら、笑えます。

カラーボックスほどの大きさの本棚が2つしかないので、
来年は読みそうもない本は、
押入れの中に移動することになっている。
1年以上押入れの中に鎮座ましまして読まれなかった本は
中身を読まずに(これポイントですね、)自動的に処分。
約8500円の小遣いを得る。
なにしろ賃貸住まいなので、モノを持たないようにしていますが、
やはり古本に出せない本というのが、400冊ぐらいあります。

半額セールで、橋本治「わからないという方法」と
このまえ図書館で借りたけれども原書を読み終わる前に返さざるを得なかった
村上春樹訳「グレートギャッツビー」を入手。

あ、夜はこれ見てました。Rowan Atkinson。
ちなみに、2000年に実施されたイギリスのベストTV番組100で16位、
2004年のBritain's Best Sitcomでは2位だったそうで。
シーズン1は、1980年代前半制作。
Blackadder - S01E04 - The Queen of Spain's Beard(1/4)

大掃除って、はじめると止まらなくなるんですよね。
換気扇の掃除、というのを、しようとしています。
(いかに炊事しないとはいえ、たぶん3年ぶりってことで、すいません)
最近、換気扇の羽根の形がずいぶん黒くこんもり丸くなってきたのには
気づいていたのけれど、取り外しかたすら分からない。
こんなことではいけませんねえ。

さて、これが終わったら実家に帰りましょ。



今年は、諸事おつきあいくださり、ありがとうございました。
来年も、一体どうなることやら、とんと分かりませんが、
ひとつ宜しくお願いもうしあげます。






2008⁄12⁄31(Wed) 12:38   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
字幕なしで見る 05 Robin hood


Robin Hood BBC 1x01- 1/5
殆ど全エピソード揃ってます(この土日見てました、、)
season2まで、各エピソードが13あるので、イギリス英語が聞き取りにくい方でも
全部見ているうちに聞こえてくるかもです。

基本的に英雄譚なので筋も単純ですし、
Jonas Armstorongかっこいー、という不純な動機だけで
英語が分からなくても見続けられるかも(笑)

ロビンフッドって、単一の作者によって書かれた物語なのかと思っていたのだけれど、
そうでもなくて、伝説として語り継がれているキャラクターみたいですね。

これはコメディ(よく分かりませんが、見始めたところ)
The Vicar of Dibley, Finale part 1 (2)

上級者向け。
(ドラマと違って、映像もなく、語りだけで笑わせるショウなので、
現時点では、どうして笑っているのか冒頭を除いては殆ど分かりません、、、
やはり中級としてはドラマ、コメディなど映像つきの作品を選ぶべきでしょう)
Ricky Gervais Animals show part 1 of 8



土日、部屋にこもってロビンフッドを見ていたせいで、歩数が稼げなかった。
運動しないと、と昨日は西武秩父まで歩きに行く。
飯能から先が、意外と長い(まあ、ワンマンカーだしね)。
12時過ぎに出発したので、到着が2時半頃。そこからハイキングコースを途中まで。
日が短いので全部歩けませんでした、、、
(はい、もっと早く出かけるべきです)

そうそう、羊に会いました。
柵で囲われた中に、10頭ぐらい、いましたかね。
めぇ、と鳴くっていわれますが、あの声は「めぇ」じゃないですね。
でぇぇ、とか、げぇぇ、とか、そんな感じ。
羊を数えると早く眠れる、なんていうから、どうもおしとやかなイメージがあるけれど、
生命の実態は肉感的で迫力がある。
でも、あの顔と身体のバランスがよろし。

男の子が羊に何かエサをやりたいらしく、
母親にねだっているのだけれども、
エサを与えないでください、と表示がしてある。
ダメって書いてあるじゃない、と言われて、

でも、「ふれあい」していいって書いてあるよ!

思わず振り向いてよく見てみると、「ふれあい広場」とある。
鋭い切り返し。きみ賢いね。

地図の前で佇んでいたら、ウォーキング中の近所のおじさまに会って、
道案内をしてもらいました。(ありがとうございました)
羊山公園のハイキングコース、思ったより分かりにくいです。
(一人で行かないように、、笑)








2008⁄12⁄30(Tue) 11:18   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
職場から家まで歩く。


なにか、弾みとでもしか言いようのない話だけれども、
ついに職場から家まで徒歩で帰ってしまった。

17時に仕事納めと称してビールと高級ワイン、シャンパンを
会議室に持ち込んで飲み会が始まり、
派遣会社の営業からつい先日、
「いつも固辞しては嫌われますから、」と念を押されたのもあって
ビールをひと缶の半分、
どうせ自分では買いそうにないお値段だから折角だしお味見にと
ワインとシャンパンを紙コップに2杯いただいたところで
すきっ腹だったことを思い出す。
慌ててオレオを2つ3つ、つまむ。
1時間ほど上司のお話に付き合い(自分としては、これでも長いほうであるが)、
挨拶してお先に失礼する。
お茶を飲んでから出たのだけれど、ふらふらしながら、でも冷たい風も心地よい。
18時20分頃に歩き初めて、家に着いたのが20時40分だから2時間20分、
途中、高田馬場を過ぎたあたりで5分ほどコンビニに入った以外は、
ふつうに歩いて、18767歩、9.3キロ、と万歩計には表示されている。
(朝の通勤と昼休みの徒歩およそ1500歩分を含む。)

グーグルマップで「車で行く」と検索しても約10キロと出るから、
おそらく最短コースを選んだのだろう。

電車で45分はかかっているから、もっと遠いかと思ったけれど、
思ったより、ぜんぜん近いんだよなあ。
ふだんは車道沿いの歩道を歩くのも仕方がないけれど、
これから休みに入るのだし、こんどは
どこかもう少し、空気の良いところに歩きにいこう。





2008⁄12⁄26(Fri) 21:25   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
お茶の水から早稲田まで歩く。


今の職場は御茶ノ水と水道橋と本郷三丁目を三角形の頂点としたら
その真ん中あたりに位置する。
後楽園のジェットコースターから降ってくる嬌声を頭上に聞きながら
東京ドームを過ぎ、小石川後楽園の白壁沿いをぐるりと廻るともう飯田橋だ。
昨日は飯田橋まで歩いて電車に乗ったのだが、少し物足りなかったので、
今日はもう少し先まで行ってみようか、と思った。
駅前の大きな歩道橋の前で地図を見る。
神楽坂、と書いてある方向に進む。
ラムラを左に見ながら過ぎると、右折して神楽坂通りの坂を上る。
小さな店がそれなりには繁盛していそうな、活気と風情がある。
ここは、数年前に派遣で3ヶ月程働いた場所なので、
足がちゃんと覚えている。
まっすぐ進むとメトロの神楽坂に行き当たり、左折して少しすると早稲田通り。
そう、ここから早稲田までが、意外に長いのだった、と
歩きながら思い出した。
神楽坂―早稲田間は、これといって目立つ店がないせいもあって、
長く感じるのかもしれない。
やっと駅が見える。
そろそろ1時間になろうというところ。
少し足が重たくなってきたので、今日はここまでにして地下鉄に乗る。

これなら、何か不測の事態が起こって電車とバスが止まったとしても
きっと家まで歩いて辿りつけるだろう。

最近は、歩いている時は何も聞きたくない。
ただ、からっぽになって、歩く。
歩いているという事実、次第に身体があたたかくなり、
鼓動がぱくぱくと打ち、みぎ、ひだり、右、左と足が一歩ずつ進むこと。
それだけでじゅうぶん。

ねこに未来はない(長田弘)、を読む。
こんなに美しい語り口でありながら、
長田さんの文章はずしりと思い。
これから、こんどこそ、と思った瞬間に、
ねこたちは不意に目の前から去ってしまう。

ぼく「拳をひらいてごらん、ほら、何かが失くなってしまった。何が失くなったとおもう?」
ぼくの奥さん「ーわからないわ」
ぼく「拳さ。何かが失くなるときはいつもこんなふうになんだ。ふいうちに、しかも綺麗に失くなってしまう」 (長田弘『ねこに未来はない』より引用)

それは、たまたま本屋で立読みをしたベンヤミンコレクションの中の
企画だけで実現はしなかった「新しい天使」に寄せる文章とか
―そもそも「新しい天使」という話の発端は今週のはじめ、授業で伺ったところに遡り。
個体としての人間は消滅していく、しかし類としての、人類としての流れは継続していく、
そのおおきな、いかんともしようのない強い流れとその中の瓦礫となっていくせつなさとが
まじりあって、混沌と渦巻いている。

下記は「歴史の天使」に関するWeb上からの孫引き。
よく分からないが、何か気になるのでコピっておく。
「新しい天使」と題されたクレーの絵がある。そこで描かれている天使は、何かから遠ざかろうとしているように見えるが、天使はその何かをじっと見つめている。彼の眼は見開かれ、口は開き、翼は拡げられている。歴史の天使はこんな姿をしているにちがいない。彼は顔を過去へと向けている。われわれには事件の連鎖が見えるところに、彼は破局のみを見る。破局は絶え間なく瓦礫を積み重ねていき、瓦礫は彼の足下にまで飛んでくる。彼はそこに留まり、死者たちを目覚めさせ、粉々に破壊されたものを寄せ集めて組み立てたいのだが、楽園から強風が吹いてきて彼の翼をふくらませ、その風があまりにも強いので、彼はもう翼を閉じることができない。この強風によって、天使は抗うこともできずに、彼が背を向けている未来へと運ばれる。その間にも、彼の目の前の瓦礫の山は天に届くばかりに堆くなっていく。われわれが進歩と呼ぶのはこの強風のことである。

ここになぜか最近テレビで見た長田さんの映像が重なり、佐伯祐三のパリが重なり、
そうか、新日曜美術館で佐伯祐三の回で語ったのは長田さんだったに違いない、
と思ったのだけれど、調べてみたらそうではなくて高橋さんで、
長田さんがゲストだったのはそのひとつ前の、山口薫の回だったりした。
人間の記憶なんて(わたしのは特に)いい加減である。
なにがなんだか、よく分からない。

漱石論集成(柄谷行人)を読みかける。
漱石という人物も、わたしにとっては、やはりよく分からない、謎の人である。





2008⁄12⁄25(Thu) 22:34   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
字幕なしで見る04 Mr.Beanのクリスマス


Mr.Bean 久しぶりに見ました。 
Mr Bean - Episode 7 - "Merry Christmas Mr Bean" Part 1

おまけ。
Mr Bean - Episode 13 - "Goodnight Mr Bean" Part 1

Mr.Beanは英語が分からなくても見られますね。(彼、ほとんど話さないし)





2008⁄12⁄24(Wed) 07:20   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
字幕なしで見る動画 03 ワールドオブライズ


母親というのはエライもので、
子供がさぼっている時にはセンサーが作動するのか、
「派遣切りとかって言うから、あんたクビになって家にいるんじゃないかと思って」
電話がかかってくるのである。
まだ切られる予定はないけれども、
いつどうなるか分からないのが外資の怖いところである。
(本社がUSでないのだけが救いなのと、はっきり言ってそろそろ辞めたいのだけれど、、、)

話は変わって、この2ヶ月で体重が2キロ増えたと嘆いたところ、
「あたし妹と毎朝歩いてるから
2キロも減ったわ、あんた、運動よ運動」
と喝を入れられた。
1日1万歩を目標としているのに18時の時点で0歩では、
すこぶるよろしくない。
最寄の映画館まで徒歩で往復すると約9000歩なので、
ディカプリオの「ワールドオブライズ」を見に行った。

ちなみに、原題はBody of liesである。
映画では、俳優によってはわざと聞き取りにくい話し方を
する人もいるし、場合によってはスラングが多用されたりするので、
あまり教材には適さない、ドラマのほうが良いと言われる。
ただ、ディカプリオは英語リスニング系CDに採用されているのを
たまに目にするだけあって、確かに発音が聞きとりやすい。

冒頭、政治、テロ、戦争関連用語が多いので、
しばらくは状況把握のために字幕を見るのがよいと思うけれども、
最初を過ぎれば、中級者でも字幕なしで理解できるレベルである。
中東は年長者への礼儀を重んじるお国柄であるせいか、
言葉遣いも(途中までは)丁寧。
ラッセル・クロウも意外に聞き取りやすい。
それにしても、しばらく見ない間にずいぶんクロウ氏は
恰幅よくなられたものである。役作りなのかな?

(あ、ちなみに、今日の「字幕なしで見る」と言っているのは、
字幕を見ないという意味です。
この映画には松浦さんという方の字幕がついています。
座り方及び手の位置、または上着・かばんのもち方を工夫しませう)






2008⁄12⁄21(Sun) 23:24   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
字幕なしで見る動画 02 リメイク


Extras クリスマススペシャルを発見。
Extras Xmas Special Part 1

ここ2日ほど、Ricky Gervaisばかり見ていたので
(というか、2日も見続けられるマテリアルがあること自体がすばらしいけれども、しかし、)
納豆を3食続けて食べたときのような感じになった。

日本や韓国の作品がリメイクされるとよく騒がれるけれども、
オーストラリアの作品がハリウッドでリメイク、というのはよくある話なのかどうか、
よく分からないけれども、その一つがこれ。
BBCの番組案内に出ていたことから、オリジナルはUKかと思っていたが、
よく調べてみたらオーストラリア、2002年制作だった。
アメリカでのリメイクは今年だが、見比べてみると、風土の違いが、よく分かる。
ちなみに、BBCはリメイクせずにそのまま流しているようだ。

冒頭のタイトルクレジットからして、まるで違う。
Youtubeでどれがオリジナルか不明なまま見ていたとき、
最初に受け入れやすいのは、やはりアメリカバージョンである。
無自覚のうちに自分がハリウッドの影響下にあることを認識する。
しかし、見比べていくと、オリジナルバージョンの方が
UKのコメディ作品に見られるような自己批評的視点もあり、
なにより、キャラクターが濃くて好みである。

Kath & Kim (USA)
Kath and Kim America 101p1 [HQ]

Kath & Kim (Australia)
Kath & Kim (Australia) Episode 6 Part 1

Kath & Kim - Series 4 Episode 8 (Part 1)

日本や韓国のものがハリウッドでリメイクされて、
だいぶ違ったものになるのだなあ、と思うことはよくあるけれども、
同じ英語圏でリメイクされてもこれだけの違いがあるということに、
今更ながら、というか当然といえば当然、とはいいながら、ちょっと驚いたのでメモ。






2008⁄12⁄21(Sun) 09:54   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
字幕なしで見る動画 01


無料で英語耳を作るための動画を紹介しています。
今日は、イギリス英語のアクセントに慣れるために、BBCを集中的に。
コメディです。

BBC Spaced episode 1
USでリメイクされたらしいです。
理由ありの男女二人がカップルのふりをして同居をはじめることになるのだけれど、
そのアパートには奇人変人が、、、という話。面白いです。(今のところ)
Spaced Episode number one

episode 2
Spaced s1-2 part 1

Extras
The office のRicky Gervais出演及びディレクター。
Gervais氏自身の役どころはThe officeの時よりもブラック度控えめな感じなので、
理解しやすいかも。
(The officeで免疫ができただけかな、、)
Extras S1E1 Part 1


BBCコメディのサイトはこちらで、ここで番組名をチェックしてからYoutubeで探してみると意外とたくさん
見つかるかもです。






2008⁄12⁄19(Fri) 17:50   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
ジェイン・オースティン関連


引き続き、ジェイン・オースティン関連動画。
たくさんありますね。

マンスフィールドパーク
Mansfield Park (1999) - PART 1

説得
Persuasion 2007 PART 1
(主人公の発音のせいで若干聞き取りにくい)

ノーサンガー僧院
Northanger Abbey - Part 1

エマ(ユアン・マクレガー出演)
Emma p1


いやあ、ここまで来たら全部いっちゃえ、ってことで。
分別と多感(ヒュー・グラント出演)
Sense and Sensibility 1995: 1 part 1

高慢と偏見(コリン・ファース出演)
長いですが、気長に見たいかたはこちらでどうぞ、、さすがにこれはまだ見終わっていません、、
Pride & Prejudice (1995) Episode 1 (Part 1/6)





2008⁄12⁄18(Thu) 16:04   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20081217


英語系の検索からのアクセスがたまにあるので、
そういった読者(ほんとにいるのかっ、笑)のうち中級の人を想定してのエントリーです。

念のため、中級というのは客観的な指標ではありません。
留学経験なし、大学時代英語は同じ授業を2回落とし、
外資経験は2社目、TOEIC820点だけれども英文e-mailや
電話での英会話による初歩的な交渉実務経験は10ヶ月目、
(但し相手が相当親切な人でないと通じません、
会話だと相互理解が図れているか極めて心配なので、
重要なことは全部メールでやります)
英語でのプレゼンはまだ機会もなく出来ません、
凝ったビジネスレターは2-3回読み直さないと意味不明なこともあり
クラス2医療機器のうち、ある一定カテゴリの製品仕様書等は
まあまあ読めるようにはなりましたが、
洋書の小説は赤毛のアン以外に読了したものがないという程度のレベルを
勝手に(初級寄りの)中級と名づけております。
現在、医療機器薬事系での転職を検討中です。
(良いお話があったらご連絡くださいね、笑)

勉強のために何を読むかって結構悩むのです。
これが絶対読みたい、ってものが見当たらない場合とくに。
選ぶのにも読むのにも時間かかるし、子供向け読みものでも気合が失せるし、
難しすぎても途中で投げてしまうし。
現在速読及び多読を心がけているので、
内容の良し悪し、芸術性といったものは問わず、
大衆的なものにシフトして、いかに沢山読めるかだけに力点を置いております。
(あまり内容が濃すぎて辞書をひく回数が必然的に多くなるものは
読むのに時間だけかかり、学習意欲減退の要因となるため、
自分で教材を選ぶ際の基準からは自動的にはずしております)

そこにいきますと、このThe Jane Austen book clubは、凝った言い回しもないので、
かなり良いスピードで読めます。

映画はこちらから
月1回集まって、ジェーン・オースティンて作家の本を読む読書会に
恋愛話が絡む、という極めてシンプルな筋なので、
字幕なしでも理解できると思います。

映画のほうが、ちょっと聞き取りづらい言葉が出てくるかな。
(でも気にしない気にしない)

小説のほうが出てくる言葉が簡単です。(いまのところ。)








2008⁄12⁄17(Wed) 23:28   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20081215


科目等履修生という枠を設けている大学があって、
これは社会人が大学の授業を受けてみたいときには
カルチャーセンターなぞに比べてリーズナブルな料金設定の場合もある。
(夜間の授業がない大学だとあまり意味がないけれども)
ワセダの文学部においては、大学院の科目等履修生というのはある。
卒業生の場合、受験料だけでよろしい。
しかし受験料がお高いし、在学時の成績とか引っ張り出されたら
即アウトになりそうでもある。
しかしもう10年以上経っているのだから時効にしてほしいけどね、、、

英語をなんとかしたいので、英文科の要綱にあたってみる。
問題は口頭試問とやらである。
受講の目的は、なぞと聞かれたときに
あー、ニューヨーカーをちらっと読んだら超かっこよかったので
すらすら理解できるようになりたいんですが、
とか、BBCのコメディとかYoutubeにのってるアメリカのコメディショウが
面白そうなんだけど、肝心の笑いのツボが理解できないのが
くやしいもんですから、、、
なぞと正直な動機を語ってはいけないに違いない。
好きな英米文学はありますかと聞かれて
いや、そもそも最近小説はどれもあまり面白くなくて、
あ、でもサリンジャーとフィッツジェラルドをとりあえず1冊ずつ読みました、
なぞと言ったら忽ち受験料がフイになるに違いない。
2万5千円とは1回弱の都民税に匹敵する額だから無闇に捨てては勿体無い。
某カルチャーセンターの外国語講座もぴんとこないし。

とりあえずひとりでがんばるか。

K先生のジャズ講義2回目。
意識的には殆どキース・ジャレットしか聴いたことがない私でも
マイルス・デイビスとかチック・コリアなどという、
いちおう名前ぐらいは聞き覚えのある代表的な流れでお話がある。
マイルス・デイビス60歳超の頃のライブ映像を見る。
身体的な要素が強くなってきて、スポーツを見ているようでもある。
ソロ奏者の前でじっと睨むように立つデイビスの凄みは、
たしかにある種の宗教的儀式に近いようなものさえ感じられる。

帰りがけに生協に寄る。
多木浩二「眼の隠喩」、鶴ヶ谷真一「書を読んで羊を失う」を買う。
どちらも題名にそそられます。
後者は冒頭に掲載されている「枯葉」の中の、
長年知らなかったことの真意を知ったときの驚きの言葉に不意を衝かれた。
「ひとたび分かってみれば、そんな自明とも思われることになぜ気づかなかったのか、我ながら不思議なほどだった。まことに、ものを知らない人間には知る喜びがある」
筆者にとっては謙遜の言葉であろうけれども、
自分にとっては真に、素直に頷ける言葉である。

知らないことは必ずしも悲しむべきことではない。
知らないからこそ、知る喜びがある。
今日も喜ばしい一日だった。







2008⁄12⁄16(Tue) 00:00   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20081214


恵比寿の写真美術館で上映されているオペラ映画を見に行きたいと
思っていたのだけれども、家から出られず。
本日の歩数、3891歩。寒かった。

Youtubeで見られる映画を見ていた。
カサブランカ、ローマの休日、アラビアのロレンス。
著作権切れのせいか、堂々全編アップされています。

映画を見るというよりも、英語を聞くのが主目的。
日本語字幕つきだとどうしても読んでしまうので、なるべく
日本人でない人がアップしてくれているのを見るようにはしている。
アラビアのロレンスは長かったのだが、(206分版)
しかしアラビア人との英会話シーンが多いため、
複雑な英語があまり出てきません。
割合はっきりした口調で話す俳優が多いし。
Wikipediaを読んでから見れば字幕なしでも分かります。たぶん。
砂漠の光景が美しいし。
字幕なしで(かつ無料で)洋画を見たい中級レベルの方におすすめ。

いま見ているのはヒッチコック
読んでいるのは'I sailed with Magellan', S.Dybek

夜、図書館にイザイのCDを返しにいく。
昨夜は、初めて聴いたときにいちばん印象的だった3番を
生で聴くことができてよかった。
音楽の聴きかた、というのにも様々な方法がある、ということに
やっと意識的になってきたというところ。
自分の人生という作品の多層性の一部になってくれればよいのだけれども。

節約。
食料品の購入先をワンストップにすることにした。
一定金額以上で配達してくれるので、ケース単位で水を買う。
水が常備されると自炊につながり、結果的に節約になる。

食品偽装の話で、中国が、低い評価しか与えない日本への輸出離れを始めている
という映像が流れている。これはあると思う。
身近なところでは、マレーシアで医療機器を製造している工場にとって、
日本は市場が小さいくせに薬事法がイロイロと面倒すぎて、
品質にも煩く、つまるところ米国はもとより欧州に比べてもneedyなのである。
そのうち、日本向けには製造しないよと言われそうで
日々怖いなあと思う。







2008⁄12⁄14(Sun) 22:30   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20081213


今週は割によく出歩いた。
木曜よる、丸善で松岡正剛さんの「白川静」発刊記念トーク。
金曜よる、定例の朝カルで茂木健一郎さんの講義。
土曜よる、連日の朝カルで小沼純一さん「無伴奏」発刊記念レクチャー&コンサート。

今週を振り返ってみて、いちばんの衝撃だったのは
松岡さんトークの中で流れた白川静さんの映像。
鬼気迫る眼光、言葉の鋭さ。
なにより、甲骨文字を一字一字トレースする姿が焼きついた。
甲骨文字から、漢字の起源となった当時の文化、思考を読み取る。
はるかに時を隔てた人びとの思想の源泉を辿るには、
文字そのものを、なぞり、書いてみないと分からない、と
写経のように、トレースしていく。
トレースという方法そのものが、精神を表している、というべきか。

その手法を通して得た直感を丹念に裏付けし、
当時の定説であった「説文解字」の解釈を覆す独自の説を展開することになる。
文字を目だけでなく身体を通して読む、というありかたが脳裏に深く残る。

身体性、ということで、自分の中で勝手に繋がってしまったのが、
今日のイザイ「無伴奏ヴァイオリンソナタ」のお話。
イザイという人はもともと作曲家というよりはヴァイオリニストで、
ごく初心者的に、はしょってしまうと、
演奏を通じて身体に蓄えられた、バッハはじめバロックからの近代芸術的な音楽の流れ、
または田舎で流れているような舞曲系、大衆的な旋律、
同時代のワグナーの影響、などなどの集大成といえるのが
この曲であるようで。
もともと、音楽というのはいわば「混血」であって、
古典的なものから当時にいたるまでの時の流れとか、
また世界各地の人の流動やメディアの発展に伴って音楽も移動し、
それに伴って変遷を遂げているわけであって、
一つの音楽、作品の中にも様々な時代性や土地柄というか、
そのルーツを多層的に探るという視点を
この1年間教えていただいたわけである。
で、このイザイもまたそういった掘り下げ方が通用する
深みのある作曲家、というわけで。

つい最近、ジャズのお話なんかも聞いたわけだけれども、
ジャズというのは、もともと、わざわざ有名なメロディーをひっぱってきて、
そのアレンジの独自性を売りにしたところから始まっているわけですね。
その奏者の身体に蓄積されている音楽が、
いかに奏者なりに編集されて瞬発的に飛び出してくるかを
インプロヴィゼーションなんかで楽しむ、という、
そういう意味ではきわめて実践的な、身体性によるところの大きい
ジャンルなわけですね。

というか、そもそも、クリエイティビティ、なぞと言っても、
どうも頭でっかちなものは信頼ならなくて、
身体を通じて生起してくるもののほうが頼りがいがある。

というようなわけで、いきなり現実的な話になりますが、
目下、英語をなんとかしようとしているわけで、
どうも漠然と理解できない文章を今までは「読み飛ばす」ことにしていたのだが、
書き写して理解する、という行動に出ることにしました。
まあ、そりゃあやるにこしたことはないよ、というあたりまえな話なのですが、
実際やるのはけっこうたいへんです。
読むだけなら立ってでもできるけれど、
書くためにはまず、時間と机(せめて椅子)を確保しないといけないですし。
で、書き写しているうちに分かる、ってことが意外と、よく、あります。
なんか学生みたいだけれども。
地道にがんばりましょう。
方法へのこだわりが精神だ。
ブレイクスルーは近いぞ(たぶん、笑)、と木村さんの「奇跡のりんご」の
白い花を思い浮かべたりしつつ。






2008⁄12⁄14(Sun) 00:01   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
明るい小川


行ってきました、ボリショイバレエの「明るい小川」。
昨夜「プロフェッショナル」で見た岩田さんが素敵だったので、
番組終了後にチケットを予約して。
(翌日が公演だというのに、なぜかネットでチケットが取れたのです。
日本初演とのことで知名度の問題か、この気の抜けた題名のせいか、、、)

芸術監督のプレトークによると、
まず設定が田舎の農場であるのと、ショスタコーヴィチが、当時の政情を考慮して、
政治的に問題視されないように、又興業的成功を狙って作ったせいもあり、
筋はいたって明解、とのことだったが、確かにその通りでシンプルな話だった。

都会からバレエダンサーの男女が田舎の農場にやってきて、
田舎の若夫婦をたぶらかすというコミカル愛憎劇。
途中で男性ダンサーの女装とか、バレリーナが男装したりとか、
もちろん、岩田さんのアコーディオン奏者も見どころ。
個性的なキャラクターを配しているせいで、
一応、田舎の若夫婦が主人公、ということにはなっているようだけれども、
主な役どころの8名ほどには、それぞれ見せ場がある。

今日最も拍手が多かったし、注目せざるをえなかったのは
「(都会から来た)バレリーナ」役のナターリャ・オーシポワだったと思うなあ。

バレリーナと田舎の若嫁さんは、昔、バレエ学校で同期生だった、という
ちょっと無理がある設定になっていたせいもあって、
二人が同じ格好で同じように踊ることが多いのだけれども、
どうしてもオーシポワに視線が行ってしまうのですな。
どこが違うのだろう、と思いながら見るのだけれど、
手が、身体の勢いとラインが、いや動きの大きさが、
静止しようとするときの余韻と佇まいが、ただもう美しい、としか言いようがない。

お目当ての岩田さんは、コミカルな動きがぴりりとひきしまって、
やたらかっこいいのでありました。また、滞空時間の長いこと。
生で見られてよかった。

終演後、すぐには立ち去りがたく、
楽屋口のサイン待ちの列に混じりながら、
いかにもダンサーですという姿形の若者が出てくるのをしばし眺める。
強いお酒でも飲んだような、ふわふわと良い気分なり。
10時頃になってやっと我にかえり、山手線に乗る。

蛇足。サイン待ちの列には、意外にも中年からシニア層にかけての男性が多くて、
マニアックな会話を交わしているのが面白かった。






2008⁄12⁄11(Thu) 00:15   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20081207


ここ2日ほど万歩計が作動していないのに気がついて、
ああ、外出しなければ、と思う。
当日券のありそうなコンサートを探すことしばし。
はじめてN響を聞きに行ってみた。
NHKホール、E席1500円。おトクですね。
演目は、シャルル・デュトワ指揮のストラヴィンスキー。
「ミューズの神を率いるアポロ」、
ストラヴィンスキーというと春の祭典ぐらいしか思い浮かばない私には
意外なほど、耳ざわり良くキュート。

平幹二郎語りの「エディプス王」、
語りは現地語で、歌曲はラテン語で、という趣向は、
ジャンコクトーとストラヴィンスキーが「聴衆を音楽に集中させるため」の策だったとか。


帰りに渋谷に寄る。
いつものクラシック売り場で突然、
「ああお腹をかかえて笑いたい」という衝動にかられ、
目の前にあったグレゴリオ・パニアグワ「La Folia」を手に取る。
裏に「フォリアとはスペインの古い舞曲の形式ですが、
この言葉には「熱狂」とかさらには「おバカ」という意味もあります、迷盤」とあって、
曲の題名も冗談ぽいので、試しに買ってみた。

全ての曲は、出だしはフォリアの形式で始まるから、
それで古楽の棚においてあったんだろうと思うのだけれど、
曲はそこからどんどん解説の言葉を借りると「誇大妄想的に」
迷走していく。楽しい1枚。

渋谷から久しぶりに池袋のジュンク堂まで行く。
先日調べた時にはオリヴェロスの本があるはずだったのだけれど、
この2日余りのうちに売れてしまったらしい。
かわりに「古楽とは何か」という本をぱらぱらと読む。
音楽が言葉の代わりだった時代があって、当然語法にあたるルールがあった、
というくだりが、どことなく記憶に残る。
(えらく高い本だったので棚に戻す)

同じ階にあったフィッツジェラルドと、
表紙の絵がかわいくて最初の1ページが読みやすそうだった
「The Jane Austin Book Club」という小説を買う。
神田某さんの毎日1語覚えるべき英単語なりが書いてある手帳というのに
少々心引かれるが、出来合いのものは使い勝手が悪いのが常である。
アイデアだけ頂戴して自分なりのを作るべきである(時間があればね)。
とりあえずは多読をこころがけるなり。










2008⁄12⁄07(Sun) 22:51   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20081206


半年前に使い切ってしまった有休が漸く付与されたのをいいことに、
今週は2日も休んだ。
貧血のせいもあって、なにしろ起き上がることができないし
外出が億劫なのだが、まあつき詰めると単なる怠け病とも言える。
この年になると、別に他人にもそう思われて構わないという開き直りもあるから
暢気なものである。

なんとなく翻訳というのが気になっていて、
先日ワセダの生協に行ったときも、最近出たらしい柴田元幸とか村上春樹の
翻訳指南書みたいなのをパラパラとめくってみたりしていた。
図書館でたまたま目についたのが
文春か何かの翻訳に関するの講演を文章化した記事だった。
その作家は確かフランス語と英語と何語か忘れたけれども確か3ヶ国語で文章が書けて、
更に自分がフランス語(か英語)で書いた小説を自分で英語(か仏語)に翻訳するという
作業をするらしく、そういうのを自己翻訳というそうだ。
その人にとっては、自己翻訳は小説を書くのと同じほど時間を要するらしい。
なぜそんなに時間がかかるのかといえば、
一つの国語で書くというのはその作家の中の一つの自己であり、
他国語で書くと更に他の自己が表現することになる。
2人の自己が全く同じ意味の文章をものすることは難しい。

自己翻訳という作業は、極言すると2人の異なる作家が
同じ作品を仕上げようと試みる、という極めて困難な作業となる。
そして、最終的に自己翻訳が出来上がった暁には、
2つの自己が融合した!という感動的な体験をすることができるらしい。

単純なので、こういうのを読むと、翻訳すごいなあ、と、
むやみにカンドーしてしまうのである。

そんなこともあって、村上春樹訳のグレート・ギャッツビーを読み終えたところ。
村上春樹訳を読んだのはキャッチャーインザライ以来2作目だけれども、
こういう感傷的で風景描写が美しい、また村上氏のあとがきで言うところの
「エーテルのように軽く、捉えようとすると指のあいだからするりご逃げ出していく」文章を、
煽らない、というか抑え目な口調で訳すのにつけては
まことに優れた手腕を発揮する訳者である。
そして、なんといっても、早く読める文章である。
小説は、やはり最後までおつきあいしないと何も掴めない場合が多いから、
早く読み進められる(というか、ゆっくりでも最後まで読めればよいのだけれど、
途中で投げ出さずに読了できる、ということと早く読めるのとが
今のところ自分にとっては殆ど同義なので、、)作家を見つけるのは
自分にとって大切なことだと思う。
プールの落ち葉の光景と、某博士の看板の眼と、最後の6行ほどが「収穫」だった。

あとがきによると、村上氏も冒頭と最後に特に注力されたようだ。
さて、これから原書で読んでみようかなあ。
冒頭と最後だけでも、というかたはまずこちらでお味見を。

(しかし、これがエーテルのように軽い、と読めること自体すでに、
やっぱり、すごいなあ。)





2008⁄12⁄06(Sat) 04:56   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20081202


昨日2時間かけても意味不明だったニューヨーカーの記事の
いくつかのパラグラフをカナダ人の家庭教師に教えてもらう。
「キミの英語力では30%もわかっていないと思うなあ」
と苦笑される。

「ニューヨーカーって雑誌はさ、
例えば4つの文章があるとするでしょ、
普通の新聞記事なんかなら4つの意味しかないわけだけど、
これぐらいのレベルの雑誌になると行間にも意味があるから、
6つか8つぐらいの意味があるわけよ。
キミは2つか3つしか分かってないでしょ」

事実はときに残酷である。
しかし。
バカにされると反発心が湧いてくる。

図書館にあったのは9月分の雑誌だったのだけれど、
スパイク・リーがクリント・イーストウッドの硫黄島関連映画を批判するところから始まった
その記事は、たとえ30%しか理解できていなかったとしても
どことなく惹き付けられた。

ぼくも、ここを読んだだけではよく分からないよ、と言いながら
やっぱり意味不明だった最後のパラグラフを訳してくれたのだが、
近来稀なる感動を覚えてしまった。
人種に関わる話なので、今ひとつここにうまく記録する自信がないのでやめておくが、
スパイク・リーのバックグラウンドに触れながら
アメリカ社会の多層性に切り込んだ視点とか、
いやそれよりただ単純に、
英語がよく分からない人間にさえも読ませる文章なのだった。

すごいなあ。
もっと読めるようになりたいなあ。
がんばろっと。











2008⁄12⁄02(Tue) 22:53   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top
20081201


学生だった頃は気がつかなかったが、
大学というのはなかなか贅沢な場所である。

区立の図書館などというところは、
なにしろ混雑しているから、夕方に行って席を確保するのは難しいし、
とくにこの季節、風邪をひいた人が混じっているから空気が悪い。なにかと不便である。

ところがどっこい、大学の教室というのは
7限を過ぎれば学生はほとんどいないから、
暖房のきいた部屋を一人貸切にして9時前まで使える。
(ときどき、清掃しますから退去してくださいと追い出されるが、
おとなしく少し離れた別の部屋に移ればよろしい)

帰宅すると、本、とくに英語を読む気が失せてしまうので、
ニューヨーカーの記事を一つ読み終えて帰る。
(いや、初めて読んだけど、これがけっこう長いんだ、一つの記事が。
論文でもないのに2時間ぐらいかかる。
あちらの記事を読んでみてはじめて、オバマ次期大統領というのが
いかに歴史的か、やっと少し実感が湧く)

あ、大学に行ったのは、今日はローリーというソニーの商品を使って
デモンストレーションをされるということで、行ってみました。
踊るスピーカーみたいな感じのものですが、
手のひらサイズでラグビーボールのような形をしている。
音楽に合わせて回ったり光ったりする。
もともとの用途としては、一つで勿論いいわけだけど、
集団で群舞させると見ていて面白い。(今日は最大10個だった)
下に光を反射するシートがひかれているせいもあって、
暗闇で見ると予想より美しい。
更に鏡を合わせて見せたりもできるらしく、
それは確かに綺麗かもしれない。
1メートルぐらいなら飛んでもOKらしい。かわいかった。

内田樹「昭和のエートス」最後に収められているカミュの話だけ立読み。
異邦人ってどんな話だったかよく思い出せないのに気がついて
シーシュポスの神話といっしょに買って帰る。






2008⁄12⁄02(Tue) 00:06   もろもろ | Comment(1) | Trackback(0) | ↑Top
日本語って


水村美苗「日本語が亡びるとき」読了。
たしか梅田望夫さんがブログで賛辞を呈していた本だったと記憶していた。
叡智を求める人、という書き方がされていたが、
科学をはじめとする学問領域に住まいする人たち、
また自分の発言を世界に流通させたいと思う人ほど、
より英語で読み書きするようになり、(日本語でしなくなり、)
その悪循環によって、漱石を頂点とした日本近代文学は亡び、
自覚なき日本語教育を続けていく限りにおいて
いまの日本文学も亡びる運命にあるのではないか、
危ないぞ、という提言の著である。

なるほど、一理あるような気がする。

関係ないかもしれないけれども、
たとえばサイモン・ラトルの出現が
クラシックの起死回生ホームランになるかも、というようなことがあるとして、
似たようなことが日本文学にも言えるってことはないんでしょうかね。
誰がとは言いませんが、これからだって、漱石あたりに感銘を受けた新人作家が
漱石をしのぐ日本文学を目指そうとして
日本語で書こうと思って出てくるってことも、あるかもしれないし。
こういうのが「日本語はだいじょうぶ」という根拠のない楽観で、
いけないのである、といわれそうだけれども。

めずらしく売れ筋の本を読んだので記録しておく。


とはいえども、自分を振り返ると、
日本の今生きている作家の小説って読む気がしないのは確かで、
(小説以外の書物で読みたいものは多い)
最近は英語の勉強にってことで、どんどん英語しか読まなくなっている。
図書館でも借りたのはThe NEW YORKERと
DickensのA tale of two citiesだったしなあ。
(読了するかは別として、、、)

大学時代にいわゆる叡智を求める生き方ってものをしなかったせいで、
英語勉強不足のツケが今頃回ってきて苦労している。




自分の日本語能力減衰に対するハンセイというわけでもないけれども、
白川静「漢字逍遙」を買って、
更に最近松岡正剛さんの白川静って本が出たとかで、
とりあえず勉強しにこんど丸善のトークショーに行ってみることにした。

あ、漢字だから日本文学とは関係ないか、、、

でもさ、たしかに現代の小説では、あまり、これ、というのがないかもしれないけれど、
日本語ですぐれた文章を書いてくれてる人たちは沢山いるわけで、
読もうという気さえ起こせば漱石だって青空文庫で読めるわけだから、
日本語もまだまだ捨てたものじゃないと思うんだけどなあ。甘いんですかね。



図書館で借りてきたバッハのリュート組曲を延々とかけている。
バッハの単一の楽器によって演奏される曲というのは、
ゴルトベルク変奏曲を筆頭に、リズムが単調なせいもあるが、それが悪い意味ではなく、
とにかく気持ちが落ちつく。






2008⁄12⁄01(Mon) 00:27   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top

| HOME |

カレンダー

11 | 2008/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
プロフィール

Author:mari teshirogi
基本的に頭は悪いし無知なので、もろもろ勉強中です。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

フリーエリア

ブロとも申請フォーム

おすすめ商品!

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

↑Top



Copyright © 2008 好奇心のランダムウォーク. All Rights Reserved.