夢の浮橋


定家明月記私抄 / 堀田 善衛

講演で聞いたり、
ブログで読んだりという接点があって
原典を探したけれど見当たらず。
(あっても読めないだろうことは
後に分かったが)
本屋放浪中、たまたま解釈本に出会い、
きっとこれだと思って読み始めたら
止まらなくなった。
元来短歌の素養などないから、
これは堀田善衛の
文体に負うところが大きい。

平成18年の年の瀬に
私が『定家明月記私抄』という
ちくま学芸文庫の頁をめくり
その中の世界では更に
堀田善衛が膨大な漢文の集積である
『明月記』を紐解いていて
そして『明月記』の中には
騒乱時代の宮廷歌人・藤原定家の生活がある。

この入れ子構造の「覗き」状態に
ふと気づき、
独りしてふふふと笑う。

入電が少ないので、
休憩時間にいくつかの短歌をメモして
密かに資料の中に滑りこませ
カンニングの手法で
ちらちらメモを眺めつつ
情景を思い浮かべていた。

春の夜の夢の浮橋とだえして
嶺に別るる横雲の空

授業で習ったことを
かすかに記憶しているぐらいだから
有名な歌なのだろうけれど
この歌は何か特別なものを
喚起させて印象深い。

「ところで、この十二首中には、有名なことに
なってしまった「夢の浮橋」の一首がある。
春の夜の夢、夢の浮橋、憂き(浮)夢の端、夢の途絶、途絶した橋、断橋−その夢、恋の夢の端に、嶺に立分れる横雲の空。
横雲もまた断橋である。
源氏物語の最終部をふまえて、浮舟が見捨てられたままに
されていることなどまでがこの三十一音詩に含められている、
これはもう教養による人工の極と言うべきものであろう。
かくまでの巧みと寓意と象徴は、他を考えてみても
せいぜいでマラルメの十四行詩にあるくらいのものであろう。
音韻のなだらかさにも耳を澄したいものである。」
(堀田善衛『定家明月記私抄』夢の浮橋より)

当時の宮廷において、
歌とは芸術であるとともに
生活の場における挨拶でもあった。
許しを請い、許しを与えるのもまた
歌によってであった。

日々構想は練っていたにせよ、
これだけの歌が
生活の場からほぼ即興で生まれ、
それを解説なしに理解する人が
存在したという、当時の日本文化の「教養」に驚く。
ただ雅なだけでない
一首にかける緊迫した空気を
感じたりもする。

堀田善衛は続けて、当時の乱世ぶりや
定家37歳のやけくそ気味な日常を記した後、

「かの「夢の浮橋」は、かかる騒憂・尾籠の上に
架かっているのである。これを超現実と言わずして
何が、ということになろうか。超現実ということばが
かったるいくらいのものである。これはまた
超現実であり、形而上性に裏打ちされていればこそ、
京の自然の表現ともなりえているのである。
その逆ではない。暗澹として「望ヲ絶」たれた形而下が、春の夜に架けられた夢の浮橋を下方から艶に映し出させているかの
観がある」(同上)

と記している。

途絶えることによって
より鮮明に浮かぶ夢の浮橋。

三十一音の壮絶な世界が
某受注センターで
可愛いお受験親子からの電話を待つ私の頭の中で、
展開している。

そして、
そんなことは誰も知らない。

これもまた
ある種壮絶な日常の断片である。











2006⁄12⁄23(Sat) 09:37   読書 | Comment(2) | Trackback(0) | ↑Top


Comment

Re:おしゃれ
明月記私抄を読んで意外だったのは、定家って、中年ぐらいまではあまり厚遇されない官僚だったらしいということ。
愚痴をたらたらこぼしつつ、ぽつりぽつりと夢の浮橋みたいなシュールな歌を産み落としているところが、親近感でした。
一般庶民はどうだったんでしょうね。
私も歴史は疎いほうなので。
ただ堀田善衛によれば、当時の貴族文化はもう行き詰まりも甚だしくて、返って庶民文化に救いを求めるみたいな閉塞感が漂ってたみたいですけどね。

2006/12/26 07:06URL | random walker[ 編集]

おしゃれ
これが本当のおしゃれですね。
洒落。

平安時代の宮廷貴族にせよ、江戸時代の町人たちにせよ、日常の中にそういう洒落た感覚を持っていたんでしょうね。

僕の大学時代の恩師は、その洒落た感覚の入門編として花札を良く使っていたようです。
ご興味があらばご覧になってくださいな。

僕としては、日常、とはいえ、それはその時代の、ごく限られた富裕層の中での日常だったのか、そうじゃなかったのかが気になるところ。僕は日本の歴史はひどく疎いので・・・(笑)。
まあでも、江戸時代でさえあれですけど、平安時代は特にねえ。
2006/12/25 22:16URL | akiyama[ 編集]

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