雑記20070223


業務の納期が切羽詰ってきて、
毎日残業している。
(ちなみに今は夜勤中…笑)



『境界知のダイナミズム』
瀬名秀明 橋本敬 梅田聡 共著
を読んだ。

境界性は時間を孕んでいる。
違和感は
いくつかの通過儀礼を経て同化を遂げる。
同化、自動化、習慣化によって
意識的注意(違和感)が減少もするが
運動が単純化されることによって
疲労は減少する。

便利とは能力を失うことでもあるが
逆に「匠の技」のように
修練によって研ぎ澄まされてくる感覚もある。

著者は飛行機の操縦に
ある程度の習熟を得て
「自動化されたとき環境(ネイチャー)と繋がった」
という。
「境界知が自分を変えた」
実感からこうまとめている。

「飛行機の操作に習熟してゆくことと、
社会生活において日常化・習慣化してゆく
過程は似ているが、やはりどこかが異なるのだ。
その差異は何か。それは遺された感覚の
あり方である。どちらも自動化のプロセスを経るものの
、前者では自分の諸感覚が鈍るのではなく、
むしろレンジが再構築されて新しい世界に適合し、
より明敏に、より鮮やかになってゆくような気がする」

飛行訓練という経験は
「私」の何を刺激し、何を変えたのか。
それは中村雄二郎のいわゆる
共通感覚(コモンセンス)と呼ぶものと
考えられる、という。

共通感覚とは、五感を相互に結びつけ、
統合させて働く総合的・全体的なセンスを意味する。

「どのようにすれば五感は統合され、共通感覚は
回復されるのだろうか。中村は、このような高次の纏まりは内側から自己組織化されてゆく場合と、逆に型や様式に填め込むことによって形成されてゆく場合があって、両者は絡みあっているのだと指摘している。だからこそ共通感覚に基づく私たちの感情は、私たちの身体から熾るものであると同時に、同じ型や様式を他者と共有することで共同性を持ちうる。このように中村の論考の中にもやはり、ふたつの世界観(ボトムアップとトップダウン)を繋げたいという思いが見られる」
(『境界知のダイナミズム』瀬名秀明 橋本敬 梅田聡 共著
より引用)

中村が注目した
人間の言語活動と無意識の
働きの関係性、

チェーホフのノンセンス、
コンラッドの『シャドウライン』、

カミュの『異邦人』を引いた
展開は面白かった。
己の眼力を研ぎ澄ますことによって獲得した無関心。
よそものであると気づいてしまった人間が
違和に包囲された社会に戻ったら
どうなるのか、

自己の成長、時間の経過、
社会の変化を経て変化する自己物語、、

物語を信じ続けること、、

読後感を纏めかけたものの
さっぱり纏まらないが
感じるところの多い内容だった。

もう少し勉強してみたい。









2007⁄02⁄24(Sat) 07:49   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top


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