道の途中


『生物と無生物のあいだ』の著者である
福岡さんが、少し前のトークショーで
こんなような話をされていた。

活字から得る情報とネット等の情報との違いは、
その情報がどれだけ人の眼を通っているか、
それによって、
いかに情報としての精度が上がっているかということだと。
ご自分の経験を例にあげられていた。

「生物と無生物のあいだ」の冒頭は、
川を船に乗って進んでいくうちに見えてくる
ニューヨークの景観描写から始まる。
福岡さんが原稿を書き上げて
校正さんかどなたかからのまず最初の指摘が
「実際に船に乗って見えてくるはずの景色
(建物かなにか)の順番と違う。
現地の人が読んだら妙な気がするに違いない」
というものだったそうで、
確かご丁寧に地図まで添付されていたとか。

福岡さんはそれを苦労話と半ば笑いを意図されていたと思われ、
私もクスリと笑ったけれど、
今の私の仕事は、
重箱の隅をつつくような指摘をするその人の仕事と
さして変わらない。

私がチェックしているのは
いわゆる絶対間違っていてはいけない報告書の中の
数値や語句、その他もろもろ。
勿論、そういう仕事がしたくて
今の職場に入ったわけではない。
外資も医療機器も業界に入るのは初めてだったから
ともかく見習いとして、
この年でコピー取りから何から、とにかく下働き的なことは
何でもやらされていて、
そのうちの一つが、書類のチェックなのだ。
創造性のカケラも発揮できない、
性格が悪くないとできない仕事だと思うけれど
現時点の収入源であるから
郷にいっては郷に従えと割りきっている。

他人のミスを指摘するのは嫌なものである。
言葉遣いや言い方にも気を遣う。
最近は胃炎ではないかと思うぐらい胃が痛い。

作る人は一生懸命ミスのないように作っている。
それはよく分かっている。
ところが、どれだけ見直しても、
本人が気付かない
(まあ時々自分の仕事を見直す気もない無責任な人間もいるが)
穴というものが
他人にはかくも簡単に見える。
上司の名言を借りれば、
「そこだけ蛍光ペンで線を引いたように光って」
見えてしまう。
悲しくも人間とは、自分に都合の悪いものは
見えない生き物なのである。
(確か今日読んだサイエンス誌にもそんな記事が載っていた。
心臓病や離婚、その他悪いライフイベントは、
たとえ自分の身に起こるとしても
ずっと先であると人間は思っているそうだ。

そうそう、
最近になって漸く気付いたのだけれど、
うちの会社は本来有料であるはずの英語版WEBのサイエンスの
フルテキストが何故かログインもせずに無料で読めるんである。
この一点においては本当に良い会社だ、、、笑)

話を戻すと、
様々な人の「人となり」を見ていて
一つだけ明確に区分できることは
「自分は間違う存在だ」という自覚を
多少なりとも持っている人種と、
極めて無自覚な人種がいる、ということ。

人間は間違いをおかす存在で、
それは
自分もだし、他人もである、ということ。
これが腑に落ちるには、苦難と葛藤の遥かなる道のりがあり、
私もまだその道の途中である。






2007⁄10⁄25(Thu) 20:47   もろもろ | Comment(0) | Trackback(0) | ↑Top


Comment

Post a Comment












管理者にだけ表示を許可する


Trackback
Trackback URL


| HOME |

カレンダー

12 | 2009/01 | 02
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
プロフィール

Author:mari teshirogi
基本的に頭は悪いし無知なので、もろもろ勉強中です。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

フリーエリア

ブロとも申請フォーム

おすすめ商品!

ブログ内検索

Powered By FC2ブログ

↑Top



Copyright © 2009 好奇心のランダムウォーク. All Rights Reserved.