東山魁夷さんのエッセイ『泉に聴く』より、私の大好きな作品である『道』についての記述です。
「人生の旅の中には、いくつかの岐路があり、
私自身の意志よりも、もっと大きな力に動かされていると、
私はこの本のはじめの章に書いている。
その考え方はいまも変わらないが、私の心の中に、
このひとすじの道を歩こうという意志的なものが育ってきて、
この作品になったのではないだろうか。
いわば私の心の据え方、その方向というものが、
かなりはっきり定まってきた気がする。
しかし、やはりその道は、明るい烈しい陽に照らされた道でも、
陰惨な暗い影に包まれた道でもなく、
早朝の薄明の中に静かに息づき、坦々として、在るがままに在る、
ひとすじの道であった。」
「ひとすじの道」(昭和42年5月刊、『風景との対話』より)
「人生の旅の中には、いくつかの岐路があり、
私自身の意志よりも、もっと大きな力に動かされていると、
私はこの本のはじめの章に書いている。
その考え方はいまも変わらないが、私の心の中に、
このひとすじの道を歩こうという意志的なものが育ってきて、
この作品になったのではないだろうか。
いわば私の心の据え方、その方向というものが、
かなりはっきり定まってきた気がする。
しかし、やはりその道は、明るい烈しい陽に照らされた道でも、
陰惨な暗い影に包まれた道でもなく、
早朝の薄明の中に静かに息づき、坦々として、在るがままに在る、
ひとすじの道であった。」
「ひとすじの道」(昭和42年5月刊、『風景との対話』より)
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