近くの喫茶店で
トーストを齧り、ミルクティーを飲みながら
雑誌「考える人」を読む。
河合隼雄さんの特集から始めて
待望の連載にたどりついたところで
気付く。
わたしがこうして訥々と言葉を紡ぐのは、
未消化のまま散乱した断片的な記憶を
物語として理解するためなのだ。たぶん。
今まで何度も聞いてきた
偶有性に処する戦略が感情だという言葉が
「物語」というキーワードを得て
腑に落ちた。
人間には様々のエモーションが内在している。
その中で一時的に表面化した一つを取り出して
「個性」とするのは人間理解の浅さである。
矛盾する自己をいくつも抱えた私が
半ば偶然の、半ば必然の事物に出会ったときの可能性は
無限であり。
その中のどれでも在り得た豊穣を認識した上で
いまここにいる、という覚悟、
ジェネレータとしての自覚の在りようが
個性であり物語であり、
一つの生命としての私を
理解することなのかもしれない。
ランダムに見える点を
線で繋いで物語にしたのが星座。
もうそろそろ、
ランダムウォークからコンステレーションへ
移ろっていければ。
そこに見出すのが、たとえ
いびつな星座であったとしても、
自己を理解し、魂の源流に遡っていく作業は
密かな歓びとなるはずだ。
トーストを齧り、ミルクティーを飲みながら
雑誌「考える人」を読む。
河合隼雄さんの特集から始めて
待望の連載にたどりついたところで
気付く。
わたしがこうして訥々と言葉を紡ぐのは、
未消化のまま散乱した断片的な記憶を
物語として理解するためなのだ。たぶん。
今まで何度も聞いてきた
偶有性に処する戦略が感情だという言葉が
「物語」というキーワードを得て
腑に落ちた。
人間には様々のエモーションが内在している。
その中で一時的に表面化した一つを取り出して
「個性」とするのは人間理解の浅さである。
矛盾する自己をいくつも抱えた私が
半ば偶然の、半ば必然の事物に出会ったときの可能性は
無限であり。
その中のどれでも在り得た豊穣を認識した上で
いまここにいる、という覚悟、
ジェネレータとしての自覚の在りようが
個性であり物語であり、
一つの生命としての私を
理解することなのかもしれない。
ランダムに見える点を
線で繋いで物語にしたのが星座。
もうそろそろ、
ランダムウォークからコンステレーションへ
移ろっていければ。
そこに見出すのが、たとえ
いびつな星座であったとしても、
自己を理解し、魂の源流に遡っていく作業は
密かな歓びとなるはずだ。
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