『パウル・クレー展』に行ってきました。
現在は川村記念美術館にて開催中。千葉の佐倉駅から無料送迎バスで20分。私は特急+バスで行きましたが、青々とした田んぼを眺めながら車で行くのがよろしいかと。
美術館の玄関前にあるオブジェ。
『ハウル』の城から落ちてきたガラクタみたいに見えるのは私だけでしょうか?

★
クレーは色彩豊かな作品を描く画家として好まれることが多いようですが、最初、彼は版画製作から入ったのだそうです。
クレーは色々な方法で光を表現しようとしています。
黒塗りのガラスに鉄筆で傷をつけて描く「ガラス絵」。
黒の水彩絵具を塗り重ねることによって紙の白さを光として現出させる方法。
我が子の誕生を機に写真を撮影するようになり、その構図をもとに描いていた時、現像前の白黒反転したフィルムからもヒントを得るなどしています。
チュニジア旅行に前後して、カラーで描くようになったクレー。
オーケストラの指揮をするほど音楽の才能にも長けていたクレーは、音符をモチーフにした作品も描いています。今回展示会のポスターにも用いられている『駱駝(リズミカルな樹々の風景の中の)』はポップで明るい印象が楽しい作品です。
50才代後半、大病を患ったクレーは、病気のせいで細かな描写ができなくなったことを契機に、『赤いチョッキ』などに代表されるような、大胆な線と円で記号化された描写を深化させていきます。
病身の中からも、生涯に描いた9000点のうちの1500点を晩年に描いたといわれます。「1日平均2点描いた計算になります」と館内の解説者さんが語っていました。
亡くなった年に書かれた『隣の家へ』。
ドアに手をかけた人間はクレー自身を表していると言われます。
ドアを開けて家を出て行こうとしているのか、隣の家に入ろうとしているのか、作品を見つめながら考え込んでしまいます。
「芸術とは眼に見えるものを再現することではなく、眼に見えるようにすることなのだ」(創造の信条告白)
そして、また、この言葉のと表裏するのは、「見えるものを見えなくする」ことでもあると大岡信さんは著作の中でコメントしています。
クレーと大岡さんのこの言葉を深く味わうことができる150の作品群。8月20日まで、川村記念美術館にて。
現在は川村記念美術館にて開催中。千葉の佐倉駅から無料送迎バスで20分。私は特急+バスで行きましたが、青々とした田んぼを眺めながら車で行くのがよろしいかと。
美術館の玄関前にあるオブジェ。
『ハウル』の城から落ちてきたガラクタみたいに見えるのは私だけでしょうか?

★
クレーは色彩豊かな作品を描く画家として好まれることが多いようですが、最初、彼は版画製作から入ったのだそうです。
クレーは色々な方法で光を表現しようとしています。
黒塗りのガラスに鉄筆で傷をつけて描く「ガラス絵」。
黒の水彩絵具を塗り重ねることによって紙の白さを光として現出させる方法。
我が子の誕生を機に写真を撮影するようになり、その構図をもとに描いていた時、現像前の白黒反転したフィルムからもヒントを得るなどしています。
チュニジア旅行に前後して、カラーで描くようになったクレー。
オーケストラの指揮をするほど音楽の才能にも長けていたクレーは、音符をモチーフにした作品も描いています。今回展示会のポスターにも用いられている『駱駝(リズミカルな樹々の風景の中の)』はポップで明るい印象が楽しい作品です。
50才代後半、大病を患ったクレーは、病気のせいで細かな描写ができなくなったことを契機に、『赤いチョッキ』などに代表されるような、大胆な線と円で記号化された描写を深化させていきます。
病身の中からも、生涯に描いた9000点のうちの1500点を晩年に描いたといわれます。「1日平均2点描いた計算になります」と館内の解説者さんが語っていました。
亡くなった年に書かれた『隣の家へ』。
ドアに手をかけた人間はクレー自身を表していると言われます。
ドアを開けて家を出て行こうとしているのか、隣の家に入ろうとしているのか、作品を見つめながら考え込んでしまいます。
「芸術とは眼に見えるものを再現することではなく、眼に見えるようにすることなのだ」(創造の信条告白)
そして、また、この言葉のと表裏するのは、「見えるものを見えなくする」ことでもあると大岡信さんは著作の中でコメントしています。
クレーと大岡さんのこの言葉を深く味わうことができる150の作品群。8月20日まで、川村記念美術館にて。
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Re:川村記念美術館・フランク ステラの作品
カンジさん、コメントありがとうございます!芸術には関心はあっても積み重ねの知識がないもので、浅薄な記事しか書けてないと自分では思っています。何事も勉強ですね。
美術館の前にあったあの作品は、パッと見で『ハウルの動く城』を思い浮かべてしまったので、深く考えもせず、題名さえも見ずに写真だけ撮ってきたのです。『芸術と遊び』の説明を読ませていただいて、ひたすら、なるほどなるほど、と勉強になりました。カンジさんはさすが専門家ですね。今後とも色々教えてくださいませ。よろしくお願いいたします!
ちなみに、前に言っていたデッサンの練習がなかなか時間がとれずできていないのです。書かないと上達しませんものね。がんばります!(ちなみに、最近はてまりからrandom walkerになりました。同一人物ですが…笑)
カンジさん、コメントありがとうございます!芸術には関心はあっても積み重ねの知識がないもので、浅薄な記事しか書けてないと自分では思っています。何事も勉強ですね。
美術館の前にあったあの作品は、パッと見で『ハウルの動く城』を思い浮かべてしまったので、深く考えもせず、題名さえも見ずに写真だけ撮ってきたのです。『芸術と遊び』の説明を読ませていただいて、ひたすら、なるほどなるほど、と勉強になりました。カンジさんはさすが専門家ですね。今後とも色々教えてくださいませ。よろしくお願いいたします!
ちなみに、前に言っていたデッサンの練習がなかなか時間がとれずできていないのです。書かないと上達しませんものね。がんばります!(ちなみに、最近はてまりからrandom walkerになりました。同一人物ですが…笑)
2006/07/21 21:02URL | random walker[ 編集]
川村記念美術館・フランク ステラの作品
てまり0304さんのブログは素晴らしいですね。
芸術に関心が高いようで拝見しています。
川村記念美術館でのクレー展は素晴らしいかと思いますが、まだ行っていません。
ところでこのブログの冒頭にステラの作品について書かれていましたね。
本当にがらくたを溶接した作品ですね。
わたしも同感ですが・・・
あなたの好きな?岡本太郎さんは「原色の呪文」(文藝春秋・昭和43年2月第一刷)で次のようなことを言っています。
政治・経済、その他さまざまの社会現象が功利的であり、目的的であるのに、無目的的なエネルギーの発散なのである。
ところが現代の芸術はあまりにも孤独な遊びであるために、社会・共同体の幅いっぱいに爆発せず、その無償性の凄みもひらききらないのである。これを現代に生かすためには<ひとり遊び>のむなしさから抜出して、まったく別の幅ひろい次元に躍動させなければならない。
つまり、無償の行為、遊びの跳躍台として、その反対のモメントである社会的・有効性を対決的に取り入れる。いささか難しい言い方だが、無償の輝きは有償という対立モメントと緊張的に引きあい、それをのりこえることによって、ますますひらく。
(芸術と遊び143と144ページ)
ということを書いています。
これはステラについて書かれた文章ではありませんが、功利的の対にあるものとしてこの作品を見ると興味も持てるかもしれませんね。
てまり0304さんのブログは素晴らしいですね。
芸術に関心が高いようで拝見しています。
川村記念美術館でのクレー展は素晴らしいかと思いますが、まだ行っていません。
ところでこのブログの冒頭にステラの作品について書かれていましたね。
本当にがらくたを溶接した作品ですね。
わたしも同感ですが・・・
あなたの好きな?岡本太郎さんは「原色の呪文」(文藝春秋・昭和43年2月第一刷)で次のようなことを言っています。
政治・経済、その他さまざまの社会現象が功利的であり、目的的であるのに、無目的的なエネルギーの発散なのである。
ところが現代の芸術はあまりにも孤独な遊びであるために、社会・共同体の幅いっぱいに爆発せず、その無償性の凄みもひらききらないのである。これを現代に生かすためには<ひとり遊び>のむなしさから抜出して、まったく別の幅ひろい次元に躍動させなければならない。
つまり、無償の行為、遊びの跳躍台として、その反対のモメントである社会的・有効性を対決的に取り入れる。いささか難しい言い方だが、無償の輝きは有償という対立モメントと緊張的に引きあい、それをのりこえることによって、ますますひらく。
(芸術と遊び143と144ページ)
ということを書いています。
これはステラについて書かれた文章ではありませんが、功利的の対にあるものとしてこの作品を見ると興味も持てるかもしれませんね。
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